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諸葛亮より賈クのほうが頭が良い

1 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/22(月) 20:04:56
賈クの献策の的確さと先見力は三国志最高だろ

2 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/22(月) 20:08:42
無双厨スレ

3 :小銀玉@ ◆Gay/Ho..tI :2007/10/22(月) 20:43:00
>>1は賈クレベルの慧眼の持ち主だな

4 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/22(月) 21:25:52
賈クより小銀玉の方が頭が良い

5 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/22(月) 21:51:20
賈クってなんでゲームだと先頭関係のステータス・スキルが高かったりするん?

6 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/22(月) 21:56:20
>>2
無双にカクなんていねーよ無知

7 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/22(月) 22:02:07
>>1
なぜそう思うのか具体例を挙げて説明してみろ

もちろんゲーム(大戦とか無双)の知識以外でな。
大戦のカード裏とか無双の武将紹介、wikiに載ってる話以外の内容が言えるなら聞こうか

8 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/22(月) 22:09:41
賈クなんて武力10代

9 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/22(月) 22:13:14
俺は1じゃないが、
>>7
大戦のカード裏とか無双の武将紹介に何が書かれてるか知らんから何とも…

10 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/22(月) 22:15:14



自ら大戦厨であり無双厨である事を晒した7であった




                               

11 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/22(月) 22:16:17
ちゃんちゃん♪

いいオチついたから終了

12 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/22(月) 22:19:48
今日もまた臭いウンコが出たもんだな

13 :小銀玉:2007/10/22(月) 22:21:35
>>7は公孫越以下だな

14 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/22(月) 22:34:16
三国志にはジュンイクジュンユウカク伝といって、曹操の軍師のジュンイクと
甥のジュンユウと曹操の配下のカクが一緒に紹介されている史記があるが、後の
清の学者は「カクごときをジュンイクと一緒にすんなや!」と、憤慨している。
その学者によると、>>1の推薦するカクは単に悪巧みが得意な謀臣だが、ジュンイクは
乱世を平定させて漢王朝の威光を中国全土に蘇らせ、民衆を苦しみから救うという
大いなる目的のため、曹操の覇業に協力した漢の功臣だと伝えている。


15 :小銀玉@ ◆Gay/Ho..tI :2007/10/22(月) 22:46:31
来たな、裴松之厨が

16 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/22(月) 22:53:51
>>14の学者はジュンイクの能力を誉めている訳ではないし
功臣云々は「そうだったらカッコイイよな」程度の願望でしか無い

17 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/22(月) 23:00:13
賈クのすごい所をあげてみろ

18 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/22(月) 23:10:13
( ´w`)< カクの方がかっくいい〜 ナンチッテwww

19 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/22(月) 23:18:34
>>18
はいはいカエリマスヨー
[ー。ー]つ<<<< ´w`)

20 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/22(月) 23:29:18
>>7だけど、

     *      *
  *  大戦厨です   +  
     n ∧_∧ n
 + (ヨ(* ´∀`)E)
      Y     Y    *


無双はかじった程度で何語られてるかよくわからんけど、>>1のカクに対する考えを聞きたかっただけです。(あまり聞いたことない逸話とか)
迷惑かけたようで申し訳ない。



21 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/22(月) 23:34:09
>>9-13は小銀玉の自演だから気にすんな

22 :リンリン大友 ◆OOTOMO7f0Q :2007/10/23(火) 00:22:10
>>20
3でるみたいだけどやる?

23 :小銀玉@ ◆Gay/Ho..tI :2007/10/23(火) 01:53:20
惜しいな。

>>9-13
のうち
>>10
を除いて漏れの自演だ

これこそキョユウエンサツの計

24 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 01:55:58
うるせーカス

25 :小銀玉@ ◆Gay/Ho..tI :2007/10/23(火) 02:03:33
おいおい、熱くなるなよ
ブラザーw

26 :小銀玉@ ◆Gay/Ho..tI :2007/10/23(火) 02:05:41
まあ、なんだ

カクは曹魏三代通して知嚢でありつづけた
数少ない香具師の一人だな

27 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 02:12:18
長生き=知謀

28 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 02:14:51
前々からこの賈詡信者が長い事さまよってはいたがとうとう糞スレまで立ててしまうとは・・・。

生兵法はまさに>>1の為にある言葉だ。

29 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 02:16:56
フフフ・・・まずは奇襲成功。

30 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 02:56:46
>>22
やります
横山伝もやります(予定)

31 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 04:23:19
バーカ

32 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 04:46:32
初代光栄三国志のカクの便利さは異常。

銀英伝でカクが曹操に降るときの理由を劣化パクリしてたのは萎え。

33 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 04:52:31
前から思ってたんだけど、萎えってなんて読むの?

34 :無風道人@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 05:34:24
 
>>7殿
@カク文和は〜、
 計略一度も失敗してません。
A従う君主がいない時期でも〜
 しっかり対処してます。
B身の程を知り〜
 それ以上の事をしません。
 北伐に何度も命を削るとか〜しません。
という事を>>1さんは云いたかったのかも知れません。
 
>>27さんが言うのもそういった処世術を評価されているのかと。
 
なにぶん、しっかりした君主がいない現代、
カクなかなかいいですね。
とか思うのです。
 
というのが、
「大戦のカード裏とか無双の武将紹介、wikiに載ってる話以外の内容」で
わたくしが思う事です。
7さんのカクが劣っている意見聞きたいです。

35 :無双ファン ◆.IjycOFqtg :2007/10/23(火) 11:50:03
>>33
なんという釣り餌

36 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 12:49:04
>>33
きょうえ

37 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 13:15:11
かくの変身した姿がかくか
だから最強はかくかね!!

38 :小銀玉@ ◆Gay/Ho..tI :2007/10/23(火) 13:55:30
変身後が変身前より先に死んでどーする

39 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 14:07:45
カクの進化版はカクワイだよな。

40 :リンリン大友 ◆OOTOMO7f0Q :2007/10/23(火) 14:12:49
カクY

41 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 15:36:47
カクの進化系はモウカク

42 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 21:34:45
カクカもいれてくれ

43 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 22:49:45
カクの進化系はカカク

44 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 22:57:55
カカクコム

45 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 23:01:45
乳親はチョウカク

46 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 23:17:15
諸葛亮が劣っている意見聞きたいです。

47 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 23:19:47
強いて挙げるなら顔

48 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 23:25:02


49 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/23(火) 23:33:25
マラの大きさ

50 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 00:12:12
この勘違いが大戦厨が痛いといわれる所以でもあるのか。

51 :無風道人@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 01:15:00
乙。
 
>>7さん来ないすね。。。。w
 
>>46さんは、自分に対して言っているのでしょうか?
 
じゃぁ、まず、あなたが諸葛亮はカクより凄いと思うことを
意見として出してくださいよ。
 
と、なっちゃうとそこらのスレになってしまうので・・・・、
 
まず、諸葛亮もいいところはあると思います。
但し、軍事面での軍師としては、そんなに。
というのが自分の意見ですね。
 
(凄さ=能力の高さ=評価の度合いが軍事能力。として自分は考えました)
 
>>34でも書きましたが、
◆カクは一度も失策してません。
 戦いにおいても、曹操に土をつけています。
 
◆さて、孔明さん、北伐は北伐の回数失敗してますね。
 カクショウにもうまく立ち回られてたりしてますね。
 


52 :無風道人@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 01:16:01
続きでつ。

軍事の例だけでなく、
政治の例も。
 
まず、孔明さんの失敗から。
●関羽殿が殺されて、劉備は魏ではなく、呉を攻めますよね。
 「孝直ありせば!」って、
 オイ、お前止めろよ。と。
 
 大義や心も大切だけど、どう判断し、どう勝利するかの道筋を
 示すのも軍師だと思います。
 そして、その結果がイリョウの敗退と、蜀の未来を大きく狂わせました。
 
カク。
●自分の君主が張繍の時、
 彼は張繍に曹操に下るように薦めます。
 張繍は曹操の息子を殺しています。(典イも)
 
 そこに出向くという事は、身の危険もあるかもしれません。
 でも結果は歴史の通りです。
 
 袁との力関係、曹操は恨みよりも未来を見ている事、
 いろいろ判断し、そして、君主を動かしました。
 
君主の行く末が変わる大局が動くときの判断ですね。
 
例としては、この2つを挙げます。
 
>>46さんはどう思いますか?

53 : ◆zJGVwS//bE :2007/10/24(水) 01:17:45
カクは赤壁を阻止したのだろうか?

54 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 01:55:26
賈クは魏国三代に使えた名臣ですが大国に居て、弱小国を潰す事は出来ませんでした。
翻って諸葛亮は領土も持たない劉備を一国の皇帝に仕立て上げました。
優劣ははっきりしておりますな

55 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 01:56:22
無風道人が1だったのか

56 :無風道人@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 02:09:09
>>53さん
わたくしに対しての質問ですよね。
つぶやきだったらすみません。
  
挙げた2つの例の●の例に対しての
意見と考えますが、
 
まず、時を見ることと戦の流れから考えてください。
 
わたしが挙げた例は、軍師・参謀として、
中核(筆頭軍師レベル)になった際の話をしています。
 
新参の一軍師が、TOPの方針を真っ向否定できないですよね。
そのような立場にある時の例として、
●の例を出したのです。
 
次に、赤壁という戦について考えてください。
  
荊州を併呑して、呉にも勧告するような
大きな(大きくなりすぎた?)覇業と考えます。
 
この時にこのタイミングで阻止ですか?
なんかちょっと違うと思います。。。。
 

57 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 02:09:48
>>52
諸葛亮と賈クでは活躍した時の情勢も役割も責任の重さも全然違う
単純に失敗成功だけ挙げたって意味無い
賈クと比べたいならまだ法正とかのが適任かと

58 :無風道人@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 02:11:14
つづき
そして、「曹操の人集め」という才と周ユの策が
合致してしまった戦になりましたね。
(カク関係ないんじゃねーの?
と、思います。ww)
 
これはちょっと、阻止というコトバに拘り過ぎた
揚げ足取りに聞こえます。
 
 
>>54さん
おおー。
画面の前で唸りました〜。

ちょっと考えますー。ww 
 
こういう意見が来ると嬉しいですね。
 

59 :無風道人@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 02:13:12
つつづき
 
>>55さん
残念ながら違います〜。
 
火曜の朝に早く起きてしまい、簡雍無血功城スレというスレを
検索で探していたら、カクのスレをたまたま見つけてしまい、
ちょっと書き込んだのです。
んで、ここのところ居ついているっぽい。。。w
  
自分、どっちかというと蜀好きなんですけどね。w
 

60 :無風道人@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 02:43:49
改行エラーばっかりで・・・・涙
分けて書きます。
 
>>54さん
軍ではなく国を見てのお話ですね。
やっぱり、諸葛亮すげーなー。(ぉぃ
  
あんまり好きではないのですが、
歴史家の評価で書きますと、
 
孔明は
「治ヲ識ルノ良才、管・蕭ノ亜匹ト謂ウベシ」
 
管仲や蕭何(ショウカ)という宰相を指して、
亜匹(あび)は、匹敵する、ですので、
そのような感じですね。
 
カクは
「ソレ良、平ノ亜カ」
と、されてます。
 
良は、張良、平とは陳平なので、
こちらも高い評価ですね。
 


61 :無風道人@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 02:44:29
さて、
>>57さんも言っているのですが、
此処まで来るとタイプが違うという事ですね。
 
自分は、評価ではカクが上かと思うのですがw、
内政の切り盛りの方が大事だと考える方も
当然いると思います。
 
優劣を何で見るか、という事を
軍師の凄さとして自分は見ています。
 


62 :無風道人@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 02:45:11
入蜀は、鳳凰の雛が
(すいません、漢字が出なくて)
大きく絡んでいて、全部孔明取りってのは、
ちょっといただけませんが、

孔明も劉備と一緒に活躍してますもんね。 
長阪橋とか、(あ、敗戦っすね・・・)
赤壁とか、(あ、呉が殆どですね・・・)
◆蜀取りとか、(劉章倒したっすね!)
定軍山とか、(法孝直と黄忠ですね)
 
話を戻しますと・・・・、
タイプが違うので、評価は難しい。
です。
 


63 :無風道人@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 02:47:13
そして、一個人としますと、
評価の項目からカクが上と自分は考えます。
そして、>>54さんの評価の仕方もアリだと
思います。
  
>>57さん
法正vsカクですか・・・・。
 
スレ違いっすかね。。。
 


64 :無風道人@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 02:50:01
途中でリターン書き込みに・・・、
すみません。。
 
>>52さん
諸葛亮とカクが戦う場があればよかったですね。
 
幾度か呼びかけた方でしたら、
返答ありがとうございました。
 
*すいません、
会社なので寝ます・・・。
 

65 :無風道人@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 02:52:13
>>57さんでした。
重ね重ねすみません。
 
(52自分じゃん!)
 
あと、皆様連続カキコすみませんでしたー。
 

66 :無風道人@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 07:55:11
クククッ…愚昧な戦略を後悔するがいい。

67 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 10:59:13
優劣を論じるのは難しい。
そういうことだ。

68 :無風道人@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 11:31:16
>まず、孔明さんの失敗から。
>●関羽殿が殺されて、劉備は魏ではなく、呉を攻めますよね。
> 「孝直ありせば!」って、
> オイ、お前止めろよ。と。

止めてますね。

69 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 19:28:31
止めれてないじゃん。馬鹿?

70 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 21:17:03
>>52
まず、孔明さんの失敗から。

カクの失敗か。

71 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 21:24:59
孔明は呉攻めは止めてるけど、劉備に却下されたんだよ。
そして、止めても無駄だと孔明は悟っていたから尚更強く言っても仕方なしと諦めただけのこと。

賈詡は曹操を破った時は上司の縁者の雛氏を劣りに使うなど手段を選ばないセコイだけの男。

いくら孔明でもそこまでの常識外れではない。

72 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 21:38:18
趙雲等、反対者は軍に入れられてない。

73 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 22:47:58
生涯無失策って奴がリアルでいたっていうのは凄いよな

74 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/24(水) 23:21:20
綺麗ごとを言ってる戦なんか
リアルに人の死ぬ只のごっこ遊び

75 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 00:24:47
要するに、手段を選ばず試験でカンニング勝利する=真の頭が良い人間って発想だな。


一般的にはそれを【セコイ奴】としか言いようがないが。


76 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 00:49:51
真の頭の良さじゃなくて軍師としていかに仕える主の期待に応えられるかだろ。
負けたら殺されるし、兵の命もかかってるんだから卑怯とか言ってる場合じゃない。

77 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 01:08:25
>>62
長阪橋に関して言えば、劉(表)家の敗北による撤退戦であり、
劉備等の人的被害が出ていない事は作戦の成功を物語る
入蜀に関して言えばホウ統の軍事的貢献は少ない

諸葛亮が夷陵を止められなかったように
賈クも自らの策を曹操等に進言しきれずに失敗を招いている
また軍事的に言えば、諸葛亮は兵を率いたのに対し
賈クはただの参謀に過ぎない。
また諸葛亮の時代に一歩も敵兵に領土を踏ませていない

賈クは君主を数度変えている
これは見る目が無かったのでは無いかと思える

賈クは陳平とは思うが張良には格が足りない

78 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 01:15:30
>>76
余裕を言ってる場合じゃないとか言ってるけど、それは=頭イイってスレタイとは別じゃん。

それを言うなら【諸葛亮より賈クのほうがセコい】

が正確なスレタイじゃん。

79 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 01:21:32
>>62
もうひとつ、赤壁において、奉孝がいれば負けなかったと言われた参謀と
孝直がいれば、戦争を止める説得ができたと嘆いた参謀

80 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 01:22:55
>>78
論旨が違うキガス

81 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 01:38:29
>>80
ちがわんでしょ

82 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 01:50:40
>>81
すまん、俺は文盲みたいだ。
噛み砕いて説明してくれ。

83 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 02:08:05
古池や蛙飛び込むどうでもよい

84 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 02:32:11
結局、


諸葛亮より賈クのほうがセコい




でスレ主かんちがいでしたってことで終了だな

85 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 02:35:49
スレタイはただのタイトルだろ。それほど大きな問題じゃない。
お前が言ってるのは三国志は三国時代じゃない時も含めているから、
三国志から改名すべき、って言ってるのと同じだぞ。
>>1の発言や、今までの流れから分かるとおり軍師としての質や能力を話してるんだ。
そもそも謀略自体汚いもの。それをただセコイというならセコイでかまわない。

86 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 03:31:15
あれだけ苦戦してた対馬超戦での離間策は見事と言うしかない。
手紙一つであんなに強い相手が崩壊するとは…
『もっと早く実行してろよ』って思うところもあったが、進言する時期とか伺ってたんだろか…

87 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 03:39:38
>>85

ということで


諸葛亮より賈クのほうがセコい




でスレ主かんちがいでしたってことで終了

88 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 05:48:26
周泰最強

89 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 07:01:18
>>65
法正が居れば〜っていうのは法正が従軍していれば伸びすぎた陣の危険性を説き撤退を進言し、説得できただろうってことだろ?
それって確か黄権もしてるし。それでも退かなかったのはひとえに荊州の重要性があるからで別に誰の失敗でもないでしょ。
そもそも諸葛亮は出が荊州なんだから会戦そのものには賛成だったと思うけど(口に出してはいない)。
諸葛亮は軍事面でも大軍の指揮経験があり、北伐の功績もある。確かに北伐は失敗してるけど、
国力が劣る中互角って言ってもいい戦いを繰り広げた末の結果が北伐失敗であって純粋な失敗で語れないと思うよ。
他にも呉との同盟、蜀周辺の平定、疲弊した国力の回復および安定と数多の功績がある。
この諸葛亮に比べて賈クがどうやったら諸葛亮より評価されるかが正直わからない。
そもそも軍事能力って優劣で表せるか?俺はタイプの違いがあるだけで単純な優劣は無理だと思うんだが

90 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 07:49:47
法正、亡くなってない

91 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 08:12:50
>>89
違う、法正がいれば、呉との戦争自体を止められたのにだ
従軍とは関係ない問題
法正は劉備に大きな貸(内応で蜀を渡す)をもっており
劉備は法正に頭が上がらなかった為

92 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 12:58:38
要は
法正最強

93 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 15:51:49
献策の的確さなら賈クに並ぶものはないな
ハズレがないっつーのはやっぱりすげえと思う。

94 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 18:51:59
>>91
ナルホド!確かに益州出で蜀入りで功績を上げた法正の進言は簡単に無視できないよな。
しかし軽くずれるけど法正が仮に生きてたとして、本当に会戦を止められただろうか。
中原を望むためあらゆる意味で欠かすことのできない荊州だし、法正ほどの人なら止めなかったんじゃ。とか思う

95 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/25(木) 19:31:37
「法孝直若在、則能主上制、令不東行。就復東行、必不傾危矣」

96 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 00:34:48
張繍軍と曹操軍の戦力差=北伐の蜀魏の戦力差じゃない?

97 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 07:17:21


98 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 12:36:56


99 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 12:54:31


100 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 13:03:23
100

101 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 13:51:41
キョウイを見出したコウメイがカクに負けるわけないじゃん。
キョウイ、サイコー!

102 :43:2007/10/26(金) 14:05:19
カク=亀田

103 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 16:07:18
姜維、最高!

104 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 17:27:20
姜維の良さをkwsk

105 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 18:14:50
自分が仕えた君主に対して積極的裏切ることをしなかった
また、仕える君主ことごとくに重用された稀なる人

106 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 18:31:35
悪い事ではないが、終止保身のみに知恵を使ったって感じだな。
常に大局を見て物事を考えた諸葛亮には到底敵わんよ。



107 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 19:41:18
まっ、蜀には諸葛亮程度の人材は無いから諸葛亮が優れているように見えるだけ。
諸葛亮が魏に入門してたらカク以下。

108 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 19:43:22
はあ?諸葛亮は三国ひっくるめても三本の指に入る稀代の英傑な訳だが

109 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 20:12:54
>>107
キモ。
賈詡にチンポ入れてもらえよ。

110 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 20:25:53
北伐の失敗も、遺志
姜維も、、、

111 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 20:38:18
諸葛亮の失敗は「馬謖を重用してはならない」と言われてたのに・・・

112 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 20:40:09
賈詡なんて亀田じゃん

113 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 21:57:09
諸葛亮は演義での功績がやっぱり効いてるからね
実際は劉備の死後までまともに戦術を立てた事すらない。
ほとんどそれまで法正任せだったから、
やっぱり戦術家としては2流と言わざるをえないよ。
政治家としては超一流だから英傑としての功績は申し分ないが、
戦術家としては賈クの方が上。

114 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 22:00:15
賈ク最強伝説

115 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 22:09:23
>>113
本当に正史読んだ?

116 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 22:11:33
>>113
正史聞きかじりましたって感じが凄いな

117 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 22:17:20
賈クの策も採用されないのもあるでそ

118 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 22:18:35
たとえば?

119 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 22:26:50
諸葛亮が絶賛した徐庶が曹操の下でも大して出世していないので、諸葛亮が驚いていたがな。

120 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 22:28:35
横レスだが曹操がケイ州の北部制圧後に建策どおり南進させなかったことでは?

121 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/26(金) 23:57:10
>>119
十分に高位高官だけどな

122 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 00:08:42
>>121
諸葛亮が徐庶に御史中丞では役不足と考えたのが大事なんであって
御史中丞が実際にどれぐらいの地位だったかは関係ないだろ。

123 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 03:16:59
>>109
それは英傑じゃなくて「ええケツ」

124 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 03:29:43
諸葛亮?
荊州南部四郡の弱メン叩きと
南蛮の兵三万人を焼き殺した以外に何か功績ありましたっけ?


125 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 03:54:00
>>122
過大評価だろ
ど田舎ではトップクラスでも上京すると普通だった

126 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 05:12:45
>>125
お前のこと?

127 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 07:23:02
とりあえず1は賈詡にチンポ入れてもらえ。

128 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 07:33:29
>>124
どっちも諸葛亮じゃないな

129 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 08:11:44
>>124
それ、どこの演義の話し?

130 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 08:13:34
>>125
諸葛亮は中央トップに認められてるけどな

131 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 09:48:49
大戦厨が立てたスレなだけに全体のレベルも低いなあ。

132 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 10:05:30
大戦では諸葛亮の方が確実に上
賈クがどれも知力9止まりなのに比べて10が2種類ある

133 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 10:11:58
>>130
実際に諸葛亮が魏に仕官してたとしたら、あそこまでの評価はされてない。
徐庶よりも出世できないんじゃね?

134 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 10:21:14
実際に諸葛亮が魏に仕官してたとしたら、あそこまでの評価はされてないという根拠がない

135 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 10:36:36
されてたという根拠も無い

徐庶や石韜が出世できてねぇとか嘆いてる時点で
諸葛亮が魏に言った場合の底が見えてるとは思うがね(・∀・)ニヤニヤ

136 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 10:47:49
公平無比にみても諸葛亮オタは郭沖の意見に同意し、裴松之の意見を無視しているね。

ま、その裴松之もカクを否定しているのも事実だが・・・



あと、諸葛亮は北伐しても大した功績を残せなかったは戦う相手が悪すぎたせいかな。何せ相手は司馬懿とその仕える君主があの鬼才中の奇才の曹叡だからな。

137 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 11:44:12
曹叡オタか

138 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 11:49:37
といあえず、>>1は賈詡にアヌス開拓してもらえ。
賈詡が勃起しながら待ってるぜ。

139 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 11:57:39
>>138
うーん、そろそろしつこいかな。




140 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 15:13:06
>>135
いやいや、されてないという根拠がないのにされてる根拠がないというだけでされてないと言い切るのは無理があるだろ

141 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 15:35:26
やはり>>7が悪い

142 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 17:52:08
賈詡と孔明ではタイプというか役割が違うからなぁ

143 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/27(土) 23:21:55
だよな

144 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 01:13:42
賈詡は曹操から跡継ぎ問題の相談を受けている。
これは外様の家臣に対しては破格の扱いじゃね?
ましてや曹操の長男を殺した張本人なのに・・・・・

曹操「いかがしたものか?」
賈詡「袁紹・劉表のことを考えておりました」
曹操は袁紹・劉表の子らを豚・犬の類と言っているだけに
楊修あたりが言ったら無礼討ちモノじゃん。
そうではなく、すぐに曹操に悟らせたのは相当賈詡を買ってたってことでしょ。

主をコロコロ変えるのも、常に勝ち馬に乗り替え続けてきたとすれば
相当な慧眼の持ち主とも取れるし、魏随一の知将だとは思う。

ま、演義ベースの話ですがw

145 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 01:29:12
やっぱり賈詡はショボいな。

146 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 01:43:53
つーかさーあ、無理して賈蛎って漢字を打ち込まなくてもよかろうに。
素直に賈クと打ち込めばいいのに・・・

147 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 02:01:20
>賈ク「袁紹・劉表のことを考えておりました」
お家争いのこと

148 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 03:30:49
>>147
そんな誰でも知っていることを・・・・・・・・

149 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 04:27:55


150 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 04:29:08
>>146
無理して?
普通に変換で一発出しだが。

151 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 07:05:36
>>144
最初ではない

152 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 07:08:36
賈クだけではないな

153 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 08:12:37
孔明先生は政治家としては超一流
軍指揮官としては一流に一歩届かずっていうのが
定説。北伐で5度敗退しているからだと思うが、
相手が司馬懿と魏の大軍だったことを考えると
この評価はあまりにもかわいそうだ。

154 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 10:41:07
>>153
状況的に魏に挑む時点で三流。
北伐など必敗の遠征でしかない。
魏は国家、国防共に完成している。
相手が仲達でなくとも勝てない

155 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 10:48:49
あの状況で魏と戦わずしてどうするのよ

156 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 10:51:59
そんなもん所詮は結果論だ。
国力差をひっくり返されて
負けた国なんぞ幾らでもある。
慎重論を旨とし、機に敏な司馬イのような逸材は居なければ
魏は滅んでいてもおかしくはなかった。
曹操以降は帝も凡庸の域を出ていない。
曹ヒは文才ならば一流だが。
それ以降のは、既に司馬氏に天下を明け渡す道を提供した
道化達。



157 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 11:17:51
>>156
いくらでもある例を成し遂げられなかった諸葛亮は
成し遂げた先人たちよりも下ということでFA?

圧倒的多数の魏軍相手に強襲をくらわせ、息子&親衛隊長を殺し、
敗走せしめたカクの方が上ってことですかね?

158 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 11:22:46
その「いくらでもある」をそれぞれ分析したのか?お前は
それぞれの人物の才をそんな簡単に比較して上と断じるお前は何様なんだ

159 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 11:24:20
>上ってことですかね?
これが断じるに思えるって、さすが諸葛亮厨はすぐに火病るな(・∀・)ニヤニヤ

160 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 11:27:33
あのなあ。
何の考察もせずに上だ下だということは失礼だということを言ってるの
揚げ足取りは無様だぞ

161 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 11:32:39
>>158のレスもずいぶん失礼だと思うけどね^^

>>157は「ってことですか?」って聞いているんだからしっかり考察して答えてあげればいい。
断じるなとかって火病る意味が分からない

162 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 11:39:37
>>156
結果論に何か問題でも?
歴史分析で結果論を否定したら議論の余地無いんですけどww
自分の代で無理なら僻地で大人しくしてれば良かったんだよ
戦争なんて負けたら何の価値もない

163 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 11:46:55
>>161
何で俺が考察するんだよ・・・
>>162
結果は大事だがそこに至る過程を無視して人物の優劣は語れない
それに北伐を起こすのは国を引き締めるためにも必要だっただろ。

164 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 11:56:18
仕える君主が曹叡だぜ、しかも魏の大国。
相手が司馬懿ではなく、例えば満寵であっても勝てないよ。

165 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 11:58:57
>>163
国を引き締めるために北伐をしたという確実な根拠を、是非教えていただきたい。

166 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 12:20:54
>>163
考察しないくせに他人に考察しろと文句つける池沼

167 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 12:41:07
何か気持ち悪い流れになってるなあ、煽りばっかり
>>157に反論すると、
圧倒的多数の魏軍相手に強襲をくらわせ、息子&親衛隊長を殺し、
敗走せしめたのはカクの献策を取り入れた張繍であってカクじゃない
夏侯淵を破ったのは劉備でなく法正の手柄とか言ってるのと変わらない
もちろん謀臣としての活躍は諸葛亮より上と思うが
だからといって終わった国扱いだった蜀を建て直し
実際に軍を率いて圧倒的国力差のある魏軍と何度も戦った諸葛亮より上とは思わない

168 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 12:48:16
いや、蜀は終わった国だったわけではない。
劉ショウが終わっていただけ

169 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 12:57:41
>>167
費イ・ショウ苑・董允の功績は無視ですか、そうですか。

170 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 12:57:49
夷陵敗戦後のことを言ってるんだけど…

171 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 12:59:50
>>169
何が言いたいのか分からない

172 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 13:12:58
>>165
というかそれも理由のうちだと思うってこと
まず一次北伐で、これは単純に曹叡即位の隙を突いての作戦だったと思うんだが、
これに蜀軍は敗退、この失敗によって諸葛亮らは降格。
この結果諸葛亮ら荊州派と李厳ら益州派との政争の始まりを危ぶみ
早く戦功を立て権力を取り戻そうとした、その結果が何度にも渡る北伐に繋がったんだと思う
そしてその結果益州派筆頭李厳は罷免、諸葛亮死後は荊州人士蒋エン、費イらがうまく内部をまとめ長く国を持たせた事から見ても
北伐はいい判断だったと思う。
後もう一つ。蜀という国が漢再興の大義を掲げている以上北伐をやめるわけにはいかんし、
そういう成り立ちの国だからこそ魏と戦と触れ込めばそれだけで内部の安定も潤滑に行ったんじゃなかろうか
飯食いながら考えてみた。疲れた

173 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 13:49:53
まあまあおめーら喧嘩すんな。
話しくらいは俺が聞いてやるよ(´・ω・`)

何でも言ってみな!

174 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 13:55:10
>>173
氏ねよ(´・ω・`)

175 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 14:26:44
>>174
\(^o^)/

176 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 16:34:09
賈ク賈ク鹿鹿

177 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 22:16:11
>>162
益州の豪族が荊州から流れてきた奴らの元纏まってんのはなんでだと思ってんの?
打倒魏、漢復興の御旗があるからでそれを示すためにも北伐は必要。
なのに蜀にこもってろなんざ国力以前の問題。
>>167>>172他で諸葛亮の有能さは言われてるのに
それを無視して煽りばっか入れてる訳わからん奴は何なの?

178 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 22:23:37
??

179 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 22:39:36
>>167
>圧倒的多数の魏軍相手に強襲をくらわせ、息子&親衛隊長を殺し、
>敗走せしめたのはカクの献策を取り入れた張繍であってカクじゃない

それが参謀のお仕事じゃないんですか・・・・・・?
何で参謀に実行を求めるんですか・・・
んじゃ諸葛亮がやったことって風の向き変えたことぐらいですか?


>夏侯淵を破ったのは劉備でなく法正の手柄とか言ってるのと変わらない

いや、その通りじゃないですか?
立案=法正 実行=黄忠 お仕事の基本かと


そもそも>>156の意見をそのままこの事例に当てはめて言ってるだけなのに
煽り認定ヒドス('A`)

180 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 22:45:30
実際、文醜を討ち取った手柄は荀ユウの物とされてるなぁ

181 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 22:45:35
>んじゃ諸葛亮がやったことって風の向き変えたことぐらいですか?
>立案=法正 実行=黄忠
何を基準に語ってるんだろう、正史じゃなかったのか?

182 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 22:54:28
そもそも三国志に謀臣としての活躍で賈クに勝てる奴なんているか?
何で諸葛亮だけその分野のエキスパートと得意分野で戦わなきゃならんの?


183 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 23:01:55
謀略に関しても諸葛亮のほうが上と諸葛亮厨は言う。

なぜならば諸葛亮厨にとって諸葛亮はパーフェクト超人だから。

184 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 23:07:36
見えない敵に向かってケンカ売ってたのか
諸葛亮厨より迷惑な存在だな

185 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 23:09:32
>>184

このスレの>>1からよく読んでみろw
カクより諸葛亮の方が上とはばかりなくのたまってるアホが大量に沸いてるから

186 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 23:20:05


187 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 23:20:22
>>んじゃ諸葛亮がやったことって風の向き変えたことぐらいですか?
>>立案=法正 実行=黄忠
>何を基準に語ってるんだろう、正史じゃなかったのか?

これでまだ正史ベースか演義ベースか読めないってすごいな。
諸葛厨はこんなのばっかりか?

188 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 23:22:48
>>んじゃ諸葛亮がやったことって風の向き変えたことぐらいですか?
演義ベース

189 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 23:23:02
>>183
その通り。
当時、最高の知力を有した曹叡より上だと思っているからね。

190 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 23:24:28
>>179
煽りなのは>>179じゃないよ。
作戦立案も立派な参謀の仕事だよな。だからエンでの功績は張繍でも実質的な能力査定では賈クに換算されるべきだと思う
だがあれは所詮小勢同士の小競り合いであって、例えば1000で10000を破るのと5万で10万を破るのとでは話が違ってくるじゃん。
少数であればあるほど隠密行動はしやすく、精兵一人一人の働きもより期待でき、何より統率がしやすい。
そういう状況下で曹操の隙を見抜き破ったって言う点で賈クが優れた戦略家であることは確かだが、
諸葛亮の功績である北伐になると数万対数万の戦になる。こうなるとが戦の勝敗は賈クのような戦術レベルでは図れなくなってくる。
その北伐の経緯まで詳しく迫るのは長いしめんどくさいのでやめるが、調べれば考察サイトがいくつかあるので。
とにかく別次元の武将である賈クと諸葛亮を比べることはできないが、あえて比べるとするならば俺は諸葛亮、
>>179は賈クを評価する。それ以上は無理だろ
>>183
お前>>159だろ、消えろ。
結局何もしてないよなお前

191 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 23:24:45
演義ベースで語ってんなら謀臣としても諸葛亮が上じゃないか?
何で演義基準で語りたいのかは知らんが

192 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 23:28:40
自分の理想の物語の英雄諸葛亮を守る為に現実を捻じ曲げて考えたい馬鹿だからだろ。

193 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 23:30:46
>>197
流れをよく読もうね、おれは>>187に言ってるんだが

194 :191:2007/10/28(日) 23:31:51
間違えた、>>192でした

195 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 23:32:19
>>192
初めに風どうこうと書き込んだのはカク支持派の>>179
>んじゃ諸葛亮がやったことって風の向き変えたことぐらいですか?
な訳だが
お前頭悪いよな

196 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 23:39:32
正史読みたて厨房の脳みそは全部馬鹿でFA
元手も条件も目的も違う状況におかれた両者を比べて
「あたまがいいの〜わるいの〜」
とか園児かおまえら。

197 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 23:44:00
諸葛亮は張良型と言えるし
賈クは陳平型と言える

これは戦争で武勇で兵を率いる将軍と
詭計で勝負する将軍ほどに違う
同じ戦争が上手いのだが
この二人をくらべるに個人的武勇が強いので上やら
詭計が何回成功したから上とか
意味なくね?

198 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 23:46:14
諸葛亮は張良ほど処世術に長けてないよ
劣化版韓信といったほうがしっくり来る

199 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 23:48:37
それが?
>>197は優秀な人物二人の優劣をつけるのは意味がないって言いたいんだろ
最初の二行なんて単なる比喩じゃねえか

200 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 23:50:17
>>197のレス全てを否定する意図もなければ、そう理解されるような内容でもない
>>199はなにをそんなに興奮してるんだ?

201 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/28(日) 23:58:53
>>198
諸葛亮は位人臣を極め、丞相として敵味方問わず最高の評価で世を去ったが
処世術に長けてないというのはなんだ?

202 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 00:02:58
最近の三戦板らしい場に仕上がってるなw

203 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 00:05:19
部下を扱うのが下手だった
有能な人材を使い切れず、潰したことが史書に残ってるだけでもかなりの恥だろ
後、最大の失敗は劉備なんていう負け犬と組んだこと

204 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 00:12:25
>>203
お前ただの蜀アンチだろ

205 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 00:17:11
>>203
司馬氏から見りゃ
曹操、孫権も負け犬だぜ?

206 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 00:24:31
東の陸遜、西の諸葛亮は魏の首相も十分につとまる。

207 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 00:34:53
諸葛亮はともかく陸遜ってどうなんだ?
内政とかわかるのか?
カクも政治センスはあるけど、内政と言う意味では
諸葛が一枚上手のような希ガス。まぁ人が居ないのもあるけどw

208 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 00:48:36
>>203はある意味正しい
常に勝ち組に回って長生きした所も評価されるべき

209 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 01:20:51
でも諸葛亮は馬謖と魏延に酷いことしたよね?
(´・ω・`)

210 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 01:28:38
「でも」って何だよ、「でも」って

211 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 06:35:51
もうさ、結論出ただろ?
>>197 >>196 >>190

212 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 07:15:00
>>209
命令に背いてもいいのか?

213 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 07:48:27
>>203
正史読め
くどい程、何回も、ウザイ程、人事に関する褒め言葉が連なってるから

>>209
諸葛亮時代の魏延はこれ以上無い程、可愛がられている
あれ以上の厚遇はたぶん出来ない
馬謖の件は現在に至るまで、正史を含め「美談」として伝わっている

214 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 07:58:07
賈詡がどうしたかなんて詳細は正史に残すほどの価値もない。
所詮は引き立て役=脇役。

215 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 11:17:53
歴史の取り扱われ方と能力の優劣なんて関係なくね?
その理屈だと金正日が主役で日本の与野党の大半が脇役って事になるけど

216 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 11:18:05
美談?

217 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 11:19:53
>>215
実際そうだろうがwwwwww

218 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 11:22:20
日本史の重要度
オウムの麻原>>>>>>>>>>>>>>お前ら

能力
オウムの麻原>>>>>>>>>>>>>>お前ら


219 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 11:25:28
>>218
実際そうだろうがwwwwww

220 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 11:27:49
なんだ、知名度比べスレだったのか…
じゃあ戦国最強は信長って事で

221 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 11:37:01
>>220
実際そうだろうがwwwwww

222 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 11:42:04
能力と歴史の扱われ方は=ではないかもしれんが
関係無いということもないな、行った業績の影響力が大きいほど扱われ方は大きくなる

223 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 16:10:41
その理屈だと曹操>>>>劉備孫権って事になる

224 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 16:17:43
>>223
何回でも言ってやるよバカ
 実 際 そ う だ ろ う が w w w w w w

225 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 17:05:37
1800年前の人が実際どうだったかなんてわかんないよ…
ドラえもんでも呼んでこなきゃね。

226 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 17:13:54
実際どうなんて現代でもわからないよね
テストでも受けさせるの?

227 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 17:17:15
曹操曰く
劉備に対しては「天下の英雄は君と余」
孫権に対しては「孫権のような後継者がほしい」

とのこと。
>>224みたいな屑の分際で虎の威を借るスポンジ脳は
人材を愛する曹操の不興を買って真っ先に市斬されるだろう類

228 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 17:42:32
>>224が市斬されるように>>1000までage続けるスレになりました

229 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 17:43:57
>>224市斬

230 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 17:45:35
>>224市斬

231 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 17:48:27
>>224市斬

232 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 17:56:37
策謀のセコさなら賈詡がトップだろうか。

233 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 17:59:46
>>224市斬


234 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 19:42:33
生き抜くためには何度も君主を変えるだけの八方美人。
馬超戦でたまたま良策がひらめいただけのこと。
そんなに実力があるのなら、司馬懿を出さずにとっくの最初から孔明対策に賈詡が活躍しまくってるっつーのw


235 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 19:45:35
>>223
曹操は別格と考えた方がいいだろ、一応正等王朝の創始者ってことになってんだし

236 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 19:46:07
比較論のレス、書けば書くほど墓穴彫っててウケルw
相当の馬鹿だな、カク厨はwwwww

237 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 19:57:41
>>236
市斬

238 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 20:00:10
無差別かよ

239 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 20:04:49
>>236みたいな屑の分際で虎の威を借るスポンジ脳は
人材を愛する曹操の不興を買って真っ先に市斬されるだろう類

240 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 20:07:57
諸葛亮信者=麻原信者=キムチ臭い人達

241 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 20:11:25
賈詡信者=セコ&ヘタレ=マーシー

242 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 20:12:34
>>240
よう!セコンド。

243 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 20:15:09
賈詡「次は誰に媚びるのが得策かな。」

244 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 20:23:29
相手は文和ではなく文若だったら諸葛亮は完全敗北。

245 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 20:35:53
実際そうだろうがwwwwwww

246 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 20:49:29
軍事TOP 龐統
政治TOP 諸葛亮
慎重派TOP 司馬懿
セコさTOP 賈詡

247 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 20:54:02
>>246
これは同意しかねる

248 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 20:56:19
ちょっと前に詳しく語られてたのにまた幼い主観で比べるのか
救いようが無いな

249 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 21:05:36
急に伸びてると思ったら…

>>248
>>234から下げてない奴全て、おそらく自演。

250 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 21:10:41
>>249
確かに。無茶な自論展開するために自演か。おめでてーな。
ついいてけねーわ

251 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 21:13:48
プッw
sageてる奴が自演じゃねえかよwww

252 :i121-115-148-185.s04.a013.ap.plala.or.jp:2007/10/29(月) 21:18:19
>>251
はあ〜、馬鹿が言うと思った
おらよ、満足か?

253 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 21:21:53
>>252
だから何?
他の奴がIP晒さないと意味ないし

254 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 21:26:49
馬鹿すぎるw
一人で道化やってろw

255 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 21:27:37
>>254
早くIP晒せやwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

256 :i220-220-10-52.s02.a001.ap.plala.or.jp:2007/10/29(月) 21:28:54
>>249だが、これでいいんだよな?

257 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 21:29:52
わざわざ別の端末使ってご苦労様www

258 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 21:49:38
賈詡厨キモい上に相当の低レベルだなw
自分の思い通りにレスが付かないと必死になりすぎw
しかも、ここにへばり付きすぎ。
ヒッキーニートが。

259 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 21:56:36
賈蛎
と書き込んでいる香具師はたいていにわかw

260 :i121-115-148-185.s04.a013.ap.plala.or.jp:2007/10/29(月) 22:19:45
>>256
空気読んでくれてサンキュ!
>>253-255 >>257
自演認定必死だな。ご苦労様なのはお前だよ本当に。
お前みたいなのって本当にいるんだな・・・・寒気がする

261 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 23:00:12
自演乙

262 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 23:04:38
>>260
孔明信者はキチガイだから仕方ない

263 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 23:07:29
>>261-262
またまた連レス自演w

乙ちゃんw

264 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 23:08:19
>>263


265 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 23:12:06
>>263
  ク    ク   || プ  / ク   ク  || プ  /
  ス  ク ス _  | | │ //. ス ク ス _ | | │ //
  / ス   ─  | | ッ // /  ス   ─ | | ッ //
  / _____  // /          //
.  /   l⌒l l⌒l \  ))   ____
. / / ̄| ,=| |=、| ̄ヾ   / ____ヽ
/ ̄/ ̄.  ー'●ー'  ̄l ̄ |  | /, −、, -、l  ))
| ̄l ̄ ̄  __ |.    ̄l ̄.| _| -| ,=|=、 ||
|. ̄| ̄ ̄  `Y⌒l__ ̄ノ ̄ (6.   ー っ-´、}
ヽ  ヽ    人_(  ヾ    ヽ    `Y⌒l_ノ
  >〓〓〓〓〓〓-イ   /ヽ  人_(  ヽ
/   /  Θ  ヽ|  /    ̄ ̄ ̄ ヽ-イ

266 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 23:17:20
>>264-265
賈詡厨ヒキニートが必死すぎて可哀想になってきた

267 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/29(月) 23:46:43
>>266
  ク    ク   || プ  / ク   ク  || プ  /
  ス  ク ス _  | | │ //. ス ク ス _ | | │ //
  / ス   ─  | | ッ // /  ス   ─ | | ッ //
  / _____  // /          //
.  /   l⌒l l⌒l \  ))   ____
. / / ̄| ,=| |=、| ̄ヾ   / ____ヽ
/ ̄/ ̄.  ー'●ー'  ̄l ̄ |  | /, −、, -、l  ))
| ̄l ̄ ̄  __ |.    ̄l ̄.| _| -| ,=|=、 ||
|. ̄| ̄ ̄  `Y⌒l__ ̄ノ ̄ (6.   ー っ-´、}
ヽ  ヽ    人_(  ヾ    ヽ    `Y⌒l_ノ
  >〓〓〓〓〓〓-イ   /ヽ  人_(  ヽ
/   /  Θ  ヽ|  /    ̄ ̄ ̄ ヽ-イ

268 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/30(火) 01:21:13
>>246
ホウ統は軍事的功績は皆無であり
諸葛亮の政治は曹操の政治手法の踏襲であり独創性が無く
司馬懿は諸葛亮軍を制止を振り切り追撃し、反撃を受け張コウを失い
賈クは、処世術に長け、、まぁセコイちゃーせこい

269 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/30(火) 01:27:54
>>246はむしろ一個ずつ上にずらすとしっくりくる

270 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/30(火) 03:20:11
どっちも雑魚

271 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/30(火) 07:02:13
諸葛亮厨より賈ク信者のほうが頭が良い


272 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/30(火) 07:18:18
諸葛亮信者は郭沖よりキモい。

273 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/30(火) 07:27:02
郭沖 - 孔明を賛美した晋の官僚。

274 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/30(火) 08:00:19
陳寿 - 孔明を賛美した晋の官僚。

275 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/30(火) 08:11:20
とりあえず、無風道人@お腹せっぷくはコーエーの賈詡の顔でオナニーしてヌいてろ。

276 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/30(火) 09:53:14
とりあえず、無風道人@お腹せっぷくはコーエーの諸葛亮の顔でオナニーしてヌいてろ。

277 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/30(火) 09:55:33
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/3485/retsuden/

278 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/30(火) 09:59:37
裴松之は諸葛亮に対する過度の賛美を押さえつけるために、郭沖の議論を引用したようです。
しかしながら、裴松之が郭沖の議論を引用したおかげで、これらの話としては非常に面白い逸話が「演義」に取り入れられて三国志を面白くしていますね。
私達現代の三国志ファンは郭沖の誇張した賛美と裴松之の批判に対して感謝しなくてはなりません。
裴松之の批判が逆に説得力が乏しいように思えてくるのは私だけでしょうか?

279 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/30(火) 11:55:18
とりあえず、無風道人@お腹せっぷくはコーエーの賈詡の顔でオナニーしてヌいてろ。

280 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/30(火) 18:57:41
大戦厨なら大戦厨らしく大戦でけりつけろw

281 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/30(火) 19:03:02
賈詡「まさかこれほどとは・・・。」

282 :渦中の司馬懿 ◆9LNiHFWcKw :2007/10/30(火) 19:37:53
賈ク、好きです。隠し切れぬ智謀を持ちながら、権力との癒着を
嫌い、子女を一切政治家関係の家へ嫁がせなかった清廉なところとか。ギャップも好き。孔明と賈クは得意とするフィールドも違うので
比較するのは…と思うけど、賈クファンは賈クが一番だと思えばいいし、孔明ファンは孔明が一番と思えばいいかと。

283 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/30(火) 19:43:52
キモイ

284 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/30(火) 19:46:05
NHKカルチャーアワー歴史再発見 『皇帝たちの中国史』
NHKラジオ第2 毎週火曜 21:30-22:00
再放送      毎週水曜 10:40-11:10

今日は曹操


285 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/30(火) 22:31:32
李儒>>>>>>孔明>>>>>>賈詡チカコ

286 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/30(火) 22:41:32
八戸のぶなが >>> 李儒

287 :無名武将@お腹せっぷく:2007/10/31(水) 22:28:46
>>285は頭の悪さ順だな。

288 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/01(木) 17:24:40
てか飲み会で三国志語りだすやつって何なの?
馬鹿なの?

289 :】omanko【:2007/11/01(木) 18:01:22
賈詡チカコwww

290 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/01(木) 19:22:10
>>288
キモいwwww

291 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/01(木) 19:27:55
>>288
無双厨、大戦厨あたりがそれっぽそうだなw

292 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/01(木) 19:33:52
中年のリーマン


293 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/01(木) 19:37:43
>>291
憎いwwww

294 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/01(木) 19:54:14
憎志

295 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/01(木) 20:39:57
>>291
キモいwww

296 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/01(木) 21:03:47
288だけど、そいつは本から入ったって言ってた。コーエーの三国志はやってました。(無双とか大戦はやってるか分からない。育成ゲーのみ?)

詳しいことは詳しいんだけど、ちらちらこっち見て話す(俺すごいだろ?的な感じで)

ゲーム借りただけの付き合いで三国志に俺が興味持ったのもそれがきっかけだったけど、



もう飲み会に呼びたくない
俺間違ってるかな?ちなみに俺も相手も大学生ね。

297 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/01(木) 21:13:24
間違ってない!!!!!

298 :渦中の司馬懿 ◆jKdJ051mHQ :2007/11/01(木) 21:46:16
好きな趣味同士が集まると、なぜか相反することがある。
なぜだろう。ちなみに、私も三国志ファンや水滸伝ファンと話したことがあるけど
合わなかった。前者は、無双オンリーの知識で仲達がリクソンの次くらいに
若いと思ってる人だった。後者は、絵に描いたような・・・だった。
趣味って、政治や宗教と同じで、どうも譲れないものが人にはあると思った。


299 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/01(木) 21:53:50
前者は、
後者は、


300 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/01(木) 21:59:12
ところで渦中=お腹せっぷく?

301 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/01(木) 23:01:07
298さん、ありがとうございます。やっぱり価値観の違いなのでしょうか?三国志ファンの方を悪く言った訳ではなかったのですが、気分を害されたならすみません。


最後に。(相手に)

お前が急に三国志を語りだした時は驚いてたよ、皆。俺はゲーム程度の知識で相槌しか打てなかったけど、それで俺を責めないでくれ。俺は俺なりに場を保とうと頑張ったんだ。
「これだからゲームの奴は」とか言わないでくれ。酒が入ってたこともあるのは判ってたけど、女の子にまで語るな。
お前三国志に詳しいのなら、ネイコウ(デイコウだっけ?漢字分からん。黄祖に殺された奴)の話分かるだろ?三国志の知識が凄いのは認めるが、頼む、それより空気を読んでくれ。
もう飲み会には呼ばないけど、お前が変わってくれればいいなと思ってます


俺自身がスレの空気読めなくてすまない。願わくば相手がみてくれたらよかとです。長くてごめん。

302 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/01(木) 23:14:53
泣いた

303 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/01(木) 23:20:52
( ;∀;)イイハナシダナー

304 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/01(木) 23:25:33
>>282
袁紹と曹操を天秤にかけ、したたかな計算をした奴が清廉とは!(驚

305 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/02(金) 00:19:52
>>298
つまり、298は譲らなかったわけだな

306 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/02(金) 01:00:00
乙です。
すみません。
ここのところ仕事が逼迫してて、書き込める時間がありませんでした。
なるべく自分に対して書いてくれた方に
返そうかと思います。
ヨロ。

307 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/02(金) 01:03:40
>>77さん
カクの立場と、孔明の立場が違うので、
もうこのどっちが上?議論は無しにしようかと思っていますが、
やっぱり、ちょっとひっかかりまして、w
以下に書いて見ます。
 
>長坂橋に関して、人的被害が出ていない事は作戦の成功
ゑ?
主軸武将の家族はみんな殺されてるんですけど・・・。
関羽がせっかく守った奥さまも死んじゃってるんですけど。
 
>入蜀に関して言えばホウ統の軍事的貢献は少ない
軍事ではなく全体を議論してましたよね。
史実では、段取りから編成、滞留、蜀取りの策、
劉備への配慮まで全部ホウ統と考えてます。
もちろん、軍事もです。
 
孔明さんももちろん加わってますし、
ホウ統亡き後には頑張っていると思いますよ。
劉障城主を打ち破るための包囲とか。w
 

308 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/02(金) 01:05:20
>>77さんへの続き
 
>賈クは君主を数度変えている
>これは見る目が無かったのでは無いかと思える
えと、、、、
本気で言っていますか?
 
この論こそ、周りの状況と立場を全く鑑みてませんよ。
 
自分が一回就職して、そこがどんな状況変化があったとしても
変更できないのでしょうか?
違いますよね。
 
挙兵してもいない曹操を君主と、
見い出して仕えればスーパーカクっすね。
 

309 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/02(金) 01:06:12
>>77さんへの続き2
 
>賈クは陳平とは思うが張良には格が足りない
自分の文から取ったとすると、
自分のは引用の評価ですよ。
歴史家の評価です。
その人がそう思い、孔明には管仲や蕭何としたのです。
その歴史家は格が足りないとは思わず、
孔明に対して、張良への格が足りないと思ったのです。
 
と、思います。
 

310 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/02(金) 01:06:46
>>73さん
無失策な結果が
凄いとおもいますよね。
同感です。
自分はそこの部分はカクが優れていると思います。
 


311 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/02(金) 01:07:30
>>71さん
セコイって・・・・。w
 
 
 
歴史にはいろいろありますよ。
未亡人をチカラづくで曹操が奪ったのが
実情だったら、その君主の復讐を手伝ったかもしれません。
 
 
そして、戦いにはいろいろあると思いますよ。
少ない兵でどう成し遂げるのか。(ココ大事)
いろいろ考えを巡らすと思います。
そして、カクはやり遂げました。w
 
 
んで、、、、セコイの定義は時代時代で違いますよね。
そこの論点もズレてらっしゃるかと。
 
まぁ、現代の尺度では、>>77さんがおっしゃる通り、
二喬を差し出す策を考えると同じくらいセコイんですかね。w
 
 

312 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/02(金) 01:08:45
>>89さん
法正が止める件について
 
これは>>91さんがフォローしてくださって、(たぶん89さんが)>>91
納得されているので、大丈夫かと思いますが、
解釈の面で、自分の意見を出させてもらいます。m(. .)m

>法正が危険性を進言したらストップ
とか、
>劉備が入蜀の際の関係で法正に頭があがらなかったから
とかとは違うと考えております。
 
違うと思う理由を挙げます。
 
 

313 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/02(金) 01:09:38
>>312の続き
まず、直接の理由は趙雲が進言した通り
魏を討つ事が漢復興の大義であり、
呉を討つ事は私怨である事が理由であると思います。
 
蜀には荊州からの民も多く、
蜀から魏に向かう事は攻め昇ると同時に
自分の地へ向かうということで士気も上がります。
 

314 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/02(金) 01:10:20
しかし、呉に向かうと言う事は士気も下がりますし、
蜀の土着民に限っては、呉に向かう命令自体、
君主の命令(私怨)になってしまい、
そこまで行う事がどうなの?となってしまうと思います。
 
それを旧蜀の臣の代表である法正が
押し留める進言をすれば、
(軍時を任せていますし、定軍山で実績作ってますし)
さすがの劉備も踏みとどまったであろう。
と、考えます。
 
そこで、「孝直ありせば。」
に繋がるのかな。と。
 

315 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/02(金) 01:11:10
最後に
>>66さん
えと、自分じゃないんですけど。
誰??
 
7:55分なんて、とっくに出かけてます〜。
3:00に寝たので眠かったっす。
 
カクの決めゼリフですね。
 
 
他人の褌で取ってますと、
生き方もそうなっちまいますよ。
 


316 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/02(金) 01:21:44
>>307
で、著明な人材を損失はありませんよね?
本来潰滅が当然な戦況でです。
ホウ統が全体的に何をやったかを正史から想像するのは良いのですが
表面に見えるのは中策のみ
というより蜀取りの策は先方からの贈り物
ホウ統が云々はあまり関係ないと言えます。
もし、蜀取りに諸葛亮ではなくホウ統を連れて行った事が根拠であれば
関張よりも黄忠を連れて行ったのは軍事的資質(信頼)が優れていからですか?
違いますね。
内応作戦である、本来なら比較的容易である本作戦で能力を見極める為です。
ここで魏延を登用したりしていますね、人材確保の意味合いが大きいのです。
また最終的に蜀取りの作戦を進んだのは諸葛亮等援軍が来てからです。

君主を数度返るのが環境のせいであるというのは、
郭嘉、荀イク等を見れば過度な擁護であると思います。
君主を選べるのが戦乱の時代と言えましょう。

張良陳平の例は君の引用では無く、何度となく、このスレでの話題になった事からです。
保身や機転の早さで言えば陳平と言えるでしょう。
また荀イクのポジションに慣れなかった事からも判るように張良には格が足りないのです。
張良の資質をみれば諸葛亮の資質に近いと言えます。
張良は軍師ではありますが、軍事は下手であったり、失策もある人物であることは御存じですか?

317 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/02(金) 06:26:30
戦略(国家の大計)と戦術(軍略)に分けて議論すればいいのに

外交方針やどこを攻略するかを決めるのは戦略家の役割。
この方面で優れていたのは諸葛亮や荀ケで張良もこちら。

戦場に臨んで奇策をめぐらし味方を勝利に導くのは戦術家の役割。
この方面で優れていたのは法正や賈クで陳平はこっち。

318 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/02(金) 06:58:49
戦略家の諸葛亮より戦術家の賈クのほうが頭が良い


319 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/02(金) 07:31:53
>>318
よく考えたら
張繍の降伏先を宿敵で劣勢の曹操にさせたり、
太子問題でも最初っから曹丕を推したり、
賈クは戦略のほうでもピカイチかもしんない。

320 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/02(金) 07:33:55
もちろん諸葛亮も戦術家としても優秀だったの知ってますよね?

321 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/02(金) 08:10:26
>>319
>>151

322 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/02(金) 08:20:36
賈ク「袁紹・劉表のことを考えておりました(誰にしても同じこと……)」

323 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/02(金) 08:47:45
>>311
二喬をチラつかせたのはシュウユをその気にさせる芝居でしょ。
実際に雛氏を利用した賈詡の方がセコイ。

324 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/02(金) 08:57:15
演義の諸葛亮はせこくて(戦術も)腹グロ

>>319
>>322
保身の対処療法で、その場を回避する機転は天下一品
ただし長期視野のものではない(ほぼ総ての活躍がそう)
「袁紹・劉表」話しも巧みに明言をさけ、
太子争いの泥沼から半歩下がりながら
次代の皇帝に恩を売るという見事な保身

325 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/02(金) 09:48:09
とりあえず、賈詡厨より諸葛亮の方が頭いい

326 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/02(金) 10:50:12
ふふふ、浅はかな連中だ。誰が真の実力者か教えよう。
郭嘉だな。赤壁も郭嘉が居たら負けないといわれたし。
孔明&ホウトウ&周喩を防げたという事。

327 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/02(金) 11:27:25
>>326
しかし、それは曹操のとっさに出た負け惜しみでしかない。
実際は単なる過大評価にすぎない。

328 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/03(土) 09:38:52
コーエーの三国志Uに付いていた小冊子では孔明よりカクの紹介文の方が長かった(一番長かったかも)
ちょっとびっくりした

329 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/03(土) 10:03:24


330 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/03(土) 11:31:29


331 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/03(土) 13:37:29


332 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/03(土) 14:45:19
三戦も久しぶりに来てみたら落ちたもんだな・・・

333 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/03(土) 16:44:25
>>316さん
あ、著明な人材の損失ですか。
打撃はなし。
妻、子は枝葉な考えですか。
 
もちろんそれもいいと思いますよ。
でも、「被害なし成功」と自分はちょっと考えれないですね。
 
★ホウ統の考え。
えーと、すいません。
カクと比較してて、論理が出たのですけど、
主軸がずれてませんか?
 
 
評価について戻します。
3人にしてみますか。
  
蜀取りの策を7:3?4:6?で出した鳳凰の雛は、
雛のまま張ジンに撃たれた。
(歩合の前者が自分で、後者があなた>>316さんとしましょう)
 
そして、ホウ統と諸葛亮が力を合わせて愚暗の劉障を打った。
いいではありませんか。
この軍事面はどっちにしろカクの軍事とは比較に
出来ないほどの局面と考えます。
以上。
 
(と、一つ差し出す文面で考えてみました〜。) 
 

334 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/03(土) 16:45:59
そして、ホウ統の評価について
ホウ統が、かの破(破は坂の意)落ちてしまったので、
孔明が荊州を離れ、
残った関羽は呉と結べず、
荊州の領土は呉のものとなった。
と、考えますと、
蜀滅亡のきっかけ???
 
とも取れますね。
 
雛のままの軍師は、自分の三国志の中の評価は
結構低いですよ。
 
 
★軍師の文若、奉孝について
袁から動いた2人ですね。
カクも曹操に仕えてますよ。
  
おっしゃりたい事がわかりませんが・・・・。
自分は>>307で君主を変えても評価は下げるべきではない。
という事を書いたのですが。
選んだ事も環境ですよね。
 


335 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/03(土) 16:46:34
>>316さんはつまりカクは君主を選ぶまで
出るべきではないという論の方ですか?
 
それとも一回で確実な君主を見つけろ。
見つけれない人は劣っていると。
こういう事ですか?
確認したいです。
 
あなたは全体を通し、意見の主旨が見えてきません。
孔明が上とお考えの方ですか?



336 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/03(土) 16:47:28
★陳平張良について
では、評としての自分の意見を書きます。。
カクは、陳平、張良と評されたのです。
片方ではなく、両方と。
ジュンイクになれなかったとかなれたとかでは無いです。
 
もう一回繰り返します。
孔明は当時、張良に評価されてません。
あなたの考える格が当時にはそう思われなかったと
思ってください。
 
そして、張良の政治面をとってくださいよ。
普通、こう考えますよね。
軍時の陳平、国間の政治の張良。
(それが合わさった失策しない人物♪)
 
あなたの論理は、失策する張良に似ている諸葛亮と、、、、
孔明を貶めてますよ。
 
 
 
 
孔明派ではないのなら、それはそれで
意見ですが・・・・・。

337 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/03(土) 16:52:38
>>324さん
両方腹黒という意見ですか?
すみません、あなたの意図がわかりません。
 
 
>「袁紹・劉表」話し
明言を避け、、、って、これほど
明確な言葉はないと思いますが・・・・。w
太子争いを終わらせる一言かと。
 
そして、カクと曹操の問答は、
孫権が曹操に帰順を出した時期で、
そして、曹操がカクに対して、意見を問うたのです。
 


338 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/03(土) 16:54:04
souzou曹操、
「孫が帰順し、次は劉備、大きな戦になるだろう。」
「カクよ、子桓と子建をどちらを連れて行こうか。お前はどう思う?」
 
戦も想像で、武将も出さず、ヒと植の名前を出す事から、
戦の名を出した別の意図があります。
(大事な戦に連れて行く=後継者を選ぶ)
曹操はこういった問答が好きだったようです。
 
すると、カクは答えません。無言。
 
曹操は苛立ち、
「お前を信用しているから、聞いているのだ。どうして答えようとしない」
 
カクは謝り、
「申し訳ございません。実はちょっと考え事をしていたもので。」
 


339 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/03(土) 16:55:22
続きの想像の曹操w
 
曹操は怒り、
「バカな!なにをこの大事な話に考え事なぞしていたのだ!」
「いったい何を考えていたんだ。」
 
カク、
「袁紹親子と劉表親子のことを考えておりました。」
「それでお答えできなかったのです。」
 
曹操は怒りを納め、
「いかにもお前らしい答えだ」
 
これが後に決定打になった。
のかと。
 
 

340 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/03(土) 16:59:37
曹操が生きている間に次に恩を売る?
曹操はそういうのを好まないのでは?
 
 
智謀の士はカクを推している自分ですが、
少なくとも諸葛亮は腹黒とは思いません。
 
諸葛亮の死後に彼のたくわえを
調べたらとても質素であったとの事。
 
こういった事もみんなが諸葛亮を好きな
部分かな。と思います。
 

341 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/03(土) 19:07:00
一人でレス消費しすぎ

342 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/03(土) 19:31:32
>>333
私は「人的被害が出ていない」という状況証拠として
撤退の成功を述べている事は御理解戴けていますか?
それとも全滅必死の状況下で、家族も含めて「誰も死なない」という
成果でなければ、「成功」ではないと?

君がホウ統を理解せず称揚するのは、諸葛亮の資質が低い事への
論拠の一つにしたいからというのは理解していますよ

君主を見る目というのは長期的視野という資質の一つととれるでしょう
その「資質と一つ」の評価を論じる時に「全体を見ろ」というのは論点の摺り替えでは?

私の評価は、軍師としての諸葛亮と張良、参謀としての賈クと陳平です
格としては賈クは諸葛亮に劣るです。(正史の文章量からも判りますよね?)
もっと言えば、賈クを得ても情勢は替わらないが、諸葛亮を得れば情勢を変えられる。

賈クが失策無し長期的視野における戦略眼があるのであれば、曹操の息子を殺しはしないでしょう
しかし、不利な状況下でも、助かる道を見つけられる短期的視野における「機転」に賈クは優れています。
これは陳平も同じ資質の持ち主で保身に長け、機転が聞きます。君主を変えるのも似ていますね。

343 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/03(土) 19:42:40
>>340
曹丕は自分の派閥では無いものの最終的に
自分を推してくれた賈クに非常に恩に来ています
その証拠に高位高官という形で報いています

演義の諸葛亮は実に腹黒です。
どさくさに紛れて魏延を殺そうとしたり
嫌味な文章で敵将を殺したり挑発したりと
計略神のごとしとはいえ、好きにはなれませんね。

344 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/03(土) 21:56:51
中身のない長文。
最初の一行目で論旨がわからない。
理屈と現実の寄せ合いが不適当。

345 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/03(土) 22:25:53
>>344
で?

346 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/04(日) 00:43:34
だれか三行ぐらいで訳して

347 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/04(日) 07:24:00
もっと
他にすることは
ないのですか。

348 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/04(日) 11:34:17
>>342
現代日本の政治(笑)っぽい内容過ぎて可哀想
全然当時の背景が見えて無くない?

349 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/04(日) 16:59:28
張良とか陳平とか言うけど人物を人物でたとえるほど無理な事はないと思うよ
それとさ、君主を選ぶとかそんな能力を評価するなら孔明や賈クよりももっと適任がいくらでもいると思うよ
あとこの二人じゃ人物の格が違いすぎると思うよ

350 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/04(日) 20:31:21
さして判ってないながら双方のスキルをてけとーに妄想してみました
パラメータがあるならスキルがあっても良いという(w

カクのスキル
 「謀略」「暗殺」「戦術」
 
諸葛亮のスキル
 「政治」「外交」「戦略」

カクについては曹様の暗殺には失敗してると思いますし
諸葛亮についてはもうちょい人にまみれると良かった気がします
面白い事にその点を双方頑張ればピンチになるのが曹魏だという所でしょうか
もっとも曹魏がより凄かったといえばそれまでの話ですね

乱と治っていいますが
カクは乱の専門家
諸葛亮は乱と治の両方いけたかと思います

いま双方が生きてたとして碁と将棋をさせてみたら面白そうですね
将棋はカクの勝ち
碁はわからないかなぁ なんてのが私の予想です
将棋にしても碁にしても双方、盤面以外の所で色々やりそうですがw

今も昔も人物評は面白いものです



351 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/04(日) 21:01:33
>>348の 当時の背景の御高説を賜りたいというより
現代日本の政治をどう思っているか知りたい

352 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/05(月) 01:52:08
最悪か破滅かの二択を迫られるのは古代も現代も一緒だろ、
これ以外が存在したことなんて古今東西ない。

353 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/05(月) 18:35:18
当時の背景を良く知っている>>348に御高説を賜りたい
きっと素晴らしい話を聞けるだろう

354 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/06(火) 12:47:22
議論厨
早く語れよ

355 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/06(火) 19:40:36
議論厨
早く語れよ

356 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/06(火) 20:05:14
まあ上司にしたいならカクだな。諸葛亮は腹黒いから嫌。

357 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/06(火) 20:19:02
カクは腹黒くないとでも? しかも保身のための腹黒さだし

358 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/06(火) 20:34:10
>>張良は軍師ではありますが、軍事は下手であったり、失策もある人物であることは御存じですか?

これは知らなかった…詳細希望

359 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/06(火) 20:52:48
議論厨
早く語れよ

360 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/06(火) 21:25:57
必死な厨が物乞いしとるw

361 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/06(火) 21:37:42
張良の有名な失策といえば始皇帝暗殺だろ

362 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/06(火) 22:01:05
違うんじゃね

363 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/06(火) 22:49:07
>>357
諸葛亮に比べると白、いや灰と言ったところか。

364 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/06(火) 23:53:18
議論厨
早く語れよ

365 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/07(水) 00:40:08
天才>>348の名講議マダー?(・∀・ )っ/凵 ⌒☆チンチン

366 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/07(水) 01:49:33
議論厨
早く語れよ

367 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/07(水) 02:16:56
オツ彼DEATH。
論のやりとりが少なくて寂しい限りです。
 
>>342さん
333です。返事遅くなってすみません。
被害について、あなたが言われている事と、
私の考えを整理してみます。
◆「人的被害がでていない」
主要武将が死なない事で成功。(342さん)
重臣家族が死んでしまっている事で失敗。(と、自分は考える)
 
家族が誰も死なない撤退を成功と考えているわけでは
ありませんよ。
大局的に見ると
荊州を捨てて逃げる⇒国を取られる⇒敗走
と、私は考えました。
あなたは成功。と言われました。
 
うーん、意見の相違ですね。
長坂橋の戦いを成功って、言い切るところが
逆に凄いです。
 
なんか、蒼天の袁紹さんみたいと言ったら
言いすぎでしょうか・・・。
 
 

368 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/07(水) 02:17:46
>君主を見る目というのは長期的視野という資質の一つととれるでしょう
>その「資質と一つ」の評価を論じる時に「全体を見ろ」というのは論点の摺り替えでは?
 
ん??
あなたは、
>賈クは君主を数度変えている
>これは見る目が無かったのでは無いかと思える
とはじめ、
これに「周りの状況と立場を見て」と言ったら、
 
>君主を数度返るのが環境のせいであるというのは、
>郭嘉、荀イク等を見れば過度な擁護であると思います。
>君主を選べるのが戦乱の時代と言えましょう。
と、言われるので、
 
「君主を変える事が評価(智謀の士である評価)を
下げる事ではない。」
と、書きましたです。
 
その答えが
>論点のすり替え?
 
話が噛み合ってませんね。
 
自分は、この論の最後に
あなたの意見から「全体の見通しと意見の主旨が見えない」
と、書きました。
繰り返しますが、噛み合ってません。
 
も、もしかして、
この文の「全体」を・・・?
 

369 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/07(水) 02:22:51
★陳平張良について
あなたの意見はわかりました。
孔明は張良に似ている。という事ですね。
 
ただ、カクを陳平張良と評価したのは、
陳寿っすよ。
評価について、格が違うって彼に言って、歴史を書き直させてください。
 

最後に
>賈クが失策無し長期的視野における戦略眼があるのであれば、曹操の息子を殺しはしないでしょう
ええええ、
戦って、知ってますか?
戦いが始まったら、人は死んだりしますよ。
その時に長期的視野?
運命をあやつれるような人が長期的視野を持っている人の資格に聞こえますよ。
 
あの戦で、曹昴(コウ)は自分の馬を差し出して
曹操を逃がしたと言われています。
そこで、部下に指示を出してとめるとでも?
あなたの思っている孔明ならできるんでしょうね。
 


370 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/07(水) 02:24:30
>>343さん
曹丕が恩に感じている事は知ってますよ。
なんせ曹丕は、跡継ぎになるって、聞いて飛び上がって
喜んだらしいですよ。
 
そして、辛ピの娘にため息をつかれる。と。
これから魏王となると考えると、喜ぶよりもまず、重圧を感じるのが普通なのに・・・・。
 
 
>演義の諸葛亮は腹黒
(清廉潔白な)質素な生活を腹黒と言われるのは、
おかしいであると、私は言いました。
 
しかし、、、、、前のセコイと同じ論ですね。(はふぅ。)
戦における戦い方は、
いろいろあって良いと思います。
 
あなたが清い戦を評価するのであれば、
戦いの前に名乗りあって、
船の上の扇を矢で落としてから戦いを始めれば?ww
 
文章で憤死、いいじゃありませんか。
兵も死なないし。
  


371 :無風道人@お腹せっぷく ◆HaDDLKrJK6 :2007/11/07(水) 02:28:17
>>348さん
342さんの人的被害の考えについてが、
今の日本の政治っぽいのでしょうか。
自分も何処の分野のどの話を比べられているのか
ちょっと興味がありますね。
 
>>349さん
人物を人物でたとえる事は、人物評といって、
当時もされていた事で、
例えるだけなので、無理でもなんでもないと思いますよ。
 
>君主を選ぶとかそんな能力を評価するなら孔明や賈クよりももっと適任がいくらでもいると思うよ
孔明とカクのスレなんで・・・・。ははは。
んで、能力の一つとして話した感じですね。
 
基本は、「頭が良い」という評価の項目はいくつもあって、
ストロングポイントが違うので、
優劣をつけるのは難しい。ですね。
 
んで、好みで意見を付け加えると。w
 


372 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/09(金) 01:19:00
誰か論破するものはおらぬかー!


373 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/09(金) 07:45:49
>>367
荊州を取られたのは劉表の一族であって
一介の傭兵の劉備とは関係の無い問題です(言うのニ度目)
また、逆から考えれば良く判りますが
曹操から見れば、劉備達の家族を殺す事が勝利条件にはなりません。
この状況下では、生き延びる(撤退戦)である事に大きな意味があります。

>>368
同じような状況下で、郭嘉、荀イクは、袁紹の誘いを断り弱小の曹操につき
周瑜、魯肅、張昭等袁術の誘いを断り孫策につき、知謀の士という評価を得ました。
君主を見る目があったという評価を知謀に関係ないと言い切る根拠は?

>>369
君の質問に、私の評価を述べよという言葉に
分りやすいように張良と陳平の関係であると応えました。
いきなり陳寿の評価を引き合いに出すのは何?

そして、賈クは二度曹操に降っています。
これが長期的視野における、能力が高い証拠にはなりませんね。
逆にはなっても

>>370
高位高官になることが喜ばしく無い事であると考えるなら
恩賞でも何でも無いですね。

不都合な部下をどさくさに紛れて殺そうとして
失敗すると他人のせいにするような人物を腹黒と言わないのであれば
それでよろしいのでは?

正史の諸葛亮にはそのような行動が無い尊敬されるような人物であると評価しています。


374 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/09(金) 08:00:48
人的被害について捕足を申し上げれば
将帥クラスの生死は戦争の勝敗の度合いを計る目安になります。
例えば赤壁における曹操の将帥クラスの死者は皆無であり
軍事的被害は致命的ではありません。
逆に夷陵における劉備の敗北は将帥クラスの戦死者が目立ち
潰滅的であった事がわかります。

375 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/09(金) 22:00:46
>>374
その通り。
例えば諸葛亮の北伐。
魏側は、曹叡のお気に入りの将である張コウは蜀に敗れ殉職したが、曹叡は愕然としたが総合的には大したことではない。
しかし。
蜀側では、馬謖が敗れ諸葛亮による死刑執行で馬謖を失っているのは蜀にとって総合的に痛手を負ってしまった事は明らか。
まぁ、
習サク歯の評で馬謖を死刑したことを否定していることに激しく同意。

376 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/09(金) 22:44:28
馬謖は兆候の何倍も優秀だったからな。
兆候が仮に蜀にいても、司馬懿を流言で落とし入れる策は浮かばなかっただろう。

377 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/10(土) 01:32:09
馬ショクと張コウこそカクと諸葛亮の比較以上に不可能では?
諸葛亮からすれば張コウみたいな実戦タイプを必要としていた
(もちろん馬ショクも有能とは思いますが)
リョウカの先鋒とか失禁しそうです

378 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/10(土) 02:24:34
でも、考えてみたらバショクは孔明のお気に入り。
チョウコウは司馬懿のお気に入り。

しかし、2者とも都合をつけて殺した説ありの共通点ありですな。

379 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/10(土) 05:05:49
賈くvs荀いく

380 :茄子与一:2007/11/10(土) 13:09:31
毛利元就の圧勝

381 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/10(土) 13:41:46
馬ショクVS姜維

382 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/10(土) 15:22:14
無風道人より無名武将のほうが頭が良い


383 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/10(土) 15:38:55
賈詡より俺の方が頭イイ

384 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/10(土) 16:27:56
だね

385 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/11(日) 14:45:08
張コウと比べるなら魏延だろうと思う
どちらも叩き上げの実践タイプで副将まで上がってる
まぁ張コウは追撃するなと進言したが無視されてアポーン
魏延は特攻させろと進言したが無視されて不満たらたら
という似ているような部分もある

386 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/11(日) 14:57:36
知略はカクやカクカや法正だの陳宮だの当時のトップクラスの参謀のほうが孔明より上だろ
演技じゃない孔明は消化タイプだし、呉のチョウショウと似たタイプだろ
内政は何事もチョウショウに問え外事紛糾すればシュウユに問えってはなし

387 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/11(日) 15:23:16
参謀と、軍師の格の違いを知れ
一つの作戦での計略と、後方より見据えて国家天下を動かす知謀の差だ
前者は賈ク、法正、周瑜、陳平
後者は荀イク、諸葛亮、張昭、張良
周瑜は韓信ともいえる、独立した軍を操る人ではあるが
というか、張昭なめすぎ、間違い無く孫策の軍師であったのに
そんなことも知らずに戯けた事を抜かすな


388 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/11(日) 15:27:12
古くは軍師がこの参謀に当たる職務を果たしていた。

389 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/11(日) 15:32:16
>>387
そんな区分け意味ないよ。
その手勢が百であろうが万余であろうが部将は部将であるのと同じように、
幕僚たちに雇い主たちからの待遇の差はあっても、我々から見た機能では大した差はない。

390 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/11(日) 15:48:39
>>388
どこの古くかを明言してもらえると嬉しい

>>389
課長、部長の機転企画と
取締の経営論が同じ物だと?

391 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/11(日) 17:50:14
大将たる孫策、孫権に近侍する連中というのは
課長部長どころではなく、取締みたいなもんだろう。

392 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/11(日) 18:55:02
>>389
万を統率する将軍とせいぜい数百を率いる隊長とでは同じようには語れんだろ。

393 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/11(日) 19:46:35
率いてる部下の数が必ずしもその指揮官の将器に直結するものではない。

394 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/11(日) 20:44:15
いや、でも同じようには語れんだろ

395 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/11(日) 22:33:43
孔明の智謀とか完全な演技の中でのみの話、孔明の智謀が凄いなんて描写演技以外ないし
政治を上手くおこなったとは書いてあるが

396 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/11(日) 22:49:37
習鑿歯の諸葛亮叩きに感動。

397 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/11(日) 23:06:15
つーか、賈詡厨きめえな。
必死で比較してるがタイプが違うじゃねえかよ。
こんなスレ立てたキモカスとそれに同意してるクソは、ゲーム厨じゃん。
2人をゲームの軍師としてしか測れない汚物連中じゃん。

398 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/11(日) 23:38:58
>>395
正史読め、どんだけ賛美してんだよ!というくらい賛美してある
つか、君の「知謀」の定義を聞いてからの方が話し合いになれそうな気がするが
たぶん、この人のように赤壁では諸葛亮は何もしてないと思ってる人が多いが
正史諸葛亮が一番輝いていたのは赤壁だぞ?

>>391
部長の部署の企画と取締役の経営論の差で
ダイレクトに立場が部長クラスって意味じゃ無い

399 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/12(月) 00:50:58
>>398
孔明は呉との同盟使者以外何もしてないよ
10万本の矢とか創作だし、周喩との駆け引きも創作だし

そもそも赤壁の戦い自体あったかどうか疑問だし、あったとしても周喩の功だし

400 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/12(月) 01:05:12
>>399
まぁ正史読め

401 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/12(月) 02:13:42
正史も読めないゲーム厨には何を言ってもポケモンみたいな域でしか測れない馬鹿だってことだよ。
子供を相手にしても意味が無い。

402 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/12(月) 03:08:19
じゃ孔明は具体的に何したの

403 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/12(月) 03:27:56
やはり活字を読めずにポケモンをTVで見るのが精一杯らしいw

404 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/12(月) 13:41:41
>>32
だれ?
オーベルシュタイン?

405 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/12(月) 19:26:20
あの根無し草だった劉備を三国の一つの君主にしたんだから大したものだぞ孔明は
孔明いなかったら最後まで中国を彷徨う流浪の軍団で終ったはず

前にも書いたけど孔明とカクはタイプと言うか役割が違うから比較しょうがない


406 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/12(月) 20:33:49
劉璋という基盤が既に

407 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/12(月) 21:44:43
孔明はA型じゃないな。
O型だよな?

408 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/12(月) 23:53:35
>>404
ケンプ

409 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 00:42:29
>>402
度重なる北征で国力疲弊

410 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 01:16:18
>>409
で、ちらりとでも国力が揺れたか?
一寸の領土にも踏み入れさせていないわけだが
小国で、追い討ちに劉備兄弟の失策をいきずったままで

411 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 03:05:05
魏からしたら蜀なんていずれ勝手に滅ぶと思ってたし

412 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 06:49:47
いずれにせよ、度重なる北伐は国力の弱さが実証され、大いに恥をかく結果となったのも事実。

413 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 07:50:08
諸葛亮死後、50年後な
度重なる遠征も無い魏が滅んだ後にだ

414 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 07:53:30
20年後だった

415 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 08:05:54
>魏滅亡
第二世代トップの孫権を若くして上回る天才指導者の明帝が
36歳で夭折せず、あと30年生きてればありえない結果。
司馬氏のクーデターも、彼らと淮南軍閥の抗争も無いので、
多分明帝一代で統一出来てたと思う。

416 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 10:19:06
ゲームだと、呂布とペアで真っ先に登用する人材だな。
あの低い忠誠度と、高い能力が魅力。
最近のは、全然裏切らなくなっちゃったけど。

417 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 10:22:54
賈クじゃ三国時代作ることできなかったでしょ。
所詮、謀臣レベル。
小ざかしい知恵が回るけど、大道は計りかねないタイプだよ。

418 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 10:40:32
賈クならそもそも劉備ごときに仕えないw

419 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 10:42:44
大道の意味をわかっていないバカ発見

420 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 15:40:55
>>419
大道の意味を勘違いしてる脳足りん発見w

421 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 16:00:08
巨人の右の代打の切り札だろ?

422 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 16:28:31
賈クならきっと大道のことなんか計りたくないだろうなw

423 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 17:04:44
諸葛亮:失策あり
賈ク:失策なし

424 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 17:36:03
諸葛亮:規模広し
賈ク:規模狭し

425 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 17:40:53
それは結果論だっつーの。

426 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 17:52:49
諸葛亮:人材がまともにいない弱国蜀のお山の大将的な承相

賈ク:実力至上主義の人材も豊富な強国魏の大尉

確かに格が違うなw

427 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 18:30:46
賈クがいなくても魏は成り立つだろうけどな
その辺諸葛亮とは違うところだ

428 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 18:43:44
むっちゃけ孔明いなくても方正で十分なりたつ。


429 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 19:05:06
>>428
そういうお前は多分法正伝すら読んでない

430 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 19:07:57
比較したいのは軍事面なのか?

431 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 19:09:36
総合的にだろ、たぶん

432 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 19:34:23
賈クじゃ、弱小国の指揮全権委任させても何もできないだろう。
だから、強国に仕えてる。単なる頭の切れる官僚だよ。
周りも人材豊富だし、自分が仕事しなくても、名前の無い有能な部下に任せることも可能。

433 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 19:59:39
>>432
それはどこからそう思ったの?

434 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 20:01:53
賈詡厨はいざとなると正史に関する質問してくるよな。
正史も読めないバカばっか。

435 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 20:54:25
>>432
大企業と中小企業の両方で働いたことあれば何となくわかるな。
大企業は分業化されてるから(部署でちがうが)ある程度自分の仕事に集中できた。
一方、中小は賃金安いのにかなり守備範囲広い。
明らかに賈クの方が肉体的にも精神的にも負担が少ないはず。

436 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 22:00:36
賈詡厨同様、ゆとりってことだなw

437 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 22:13:40
そんな意味のない比較してもwww

438 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 22:19:19
諸葛亮と賈詡の比較

諸葛亮と張昭の比較
に等しい

439 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 22:24:05
等しくねーよ

440 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 22:25:28
そういや大尉って軍事の最高責任者なわけだが当時は少佐から上は無かったのか?

441 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 22:25:40
賈ク   = 魏の家臣
諸葛亮 = 蜀の影の君主

昭烈帝はかざりです。

442 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 22:26:54
なるほど!

443 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 22:31:27
実権の大きい副君主みたいなもんか。

444 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 22:35:08
賈詡=魏の家臣
諸葛亮=総理大臣

445 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 22:42:11
人材豊富な魏でも埋もれる事なく優秀なステータスを語り継がれるところがお山の大将とは違うところ

446 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 22:46:22
諸葛亮が魏につかえるわけないが。。。
もし、つかえたらどれぐらい出世出来たかわからんしな。



447 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 22:49:00
>>446
辛ピクラスだろうな。

448 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 22:49:14
諸葛亮アンチってまるで流れ読めないんだな

449 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 22:50:14
だって基本馬鹿でゆとりだし。
前田某が戦国最強とか思ってるレベルだし。

450 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 22:54:53
>446 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 22:46:22
>諸葛亮が魏につかえるわけないが。。。
>もし、つかえたらどれぐらい出世出来たかわからんしな。


>447 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 22:49:00
>>>446
>辛ピクラスだろうな。



ワロスwwwwwwwww

451 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 22:56:19
賈詡厨どんだけ孔明の評価低いんだよw

452 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 23:00:34
賈詡厨じゃなくただアンチが諸葛亮を叩きたいだけだろう
賈詡にも大して思い入れがあるようには見えない

453 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 23:19:41
>>446が言ってる事は別におかしくない。明らかに未知数なんだし
魏でも高評価かもしれんし、魏ではそこそこ程度かもしれんし


で、ここは誰かを厨とかアンチとかレッテルを貼るだけのスレッドだっけ?

454 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 23:22:46
いや、おかしいだろ
明らかに未知数なら語りようが無いし、そもそも語る必要があるとも思えん

455 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/13(火) 23:24:36
>で、ここは誰かを厨とかアンチとかレッテルを貼るだけのスレッドだっけ?

そうだよ

456 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/14(水) 00:33:55
出世は、仕官時期や門閥による
諸葛亮がどの時点で仕官したかによって変わる
仮に官渡依然であれば、賈クよりも上の陳羣程の中枢になるだろう
もっといえば、諸葛亮在任時に蜀が降伏した場合、
かなり高い職についたのは間違い無い
正史では魏においての諸葛亮の評価は恐ろしく高い

賈クは大臣クラスでは無く、事務次官クラス
曹丕に恩を売る事で大臣となった
諸葛亮とは職権があまりにも違う

賈クは失策無しというが、どちらかといえば失敗のリカバリーが上手いと言える
賊に捕まる→機転で逃げる
長安強襲を進言するも暴走を止められず→新しい神輿を担ぎ逃げる
独立したが経営難→曹操に降伏
外様の居心地の悪さにへき易→曹操を強襲して息子を殺す(取り逃がしたから失策だよな)
曹操を敵に回し展望が無くなる→袁紹と曹操の争いに乗じて自分達を高く売る
長期的視野の無い行き当たりばったりと感じるが、機転の鋭さは三国一だと思う


457 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/14(水) 00:36:43
>>415
明帝は諸葛亮が没すると、安心したように土木工事に勤しみはじめる
どちらかといえば曹丕が長生きした方が磐石な国になっただろう

458 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/14(水) 11:05:56
曹丕とか孫権同様、諸葛亮って曹操劉備たちからすれば一世代下なんだよな。
上の世代の上司がほとんどいない。
自分がすき放題出来る代わりに、彼らが築いた恩恵を受け継ぐこともない。
正直な話負けるのは当然と思える。

459 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/14(水) 12:34:53
諸葛亮とカクではタイプが違いすぎるなあ。
比べるならジュンイクと議論してほしいもんだ。

460 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/14(水) 13:39:49
>>456
そんな仮に仕えたらなんて、もしもの話されてもねえ・・

461 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/14(水) 14:04:18
確かに。
>>454の言うとおり、仮にとか未知数な事は
いくら語っても意味を為さないよな

462 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/14(水) 14:19:15
if以前に史実の検討もろくに出来てないからな。
二人ともこの時代トップクラスなのは確か。
甲乙付けるといっても単なるスキキライで語るだけ。

>>1はアホということ以上の解はない。

463 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/14(水) 14:23:11
むしろifの流れを作り出した
>>432に責任があると思われる

464 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/14(水) 14:33:40
はじめが間違っているのに途中を云々してもな。
彼が全権掌握したらさっさと降伏するだろうし。

465 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/14(水) 14:34:07
まあ、とっさの機転による作戦・頭の回転や保身術では
カクのほうが上手だろう。

情報を明晰な頭脳で分析、的確な大戦略で
部下を束ねて引っ張っていく力量は諸葛亮の方が上ジャマイカ。

466 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/14(水) 15:16:43
身持ちが固いけど一度ぶち込めば誠心誠意仕え期待に答える良妻賢母が諸葛亮。
あっちこっちをふらふらする割に一番強い男に気に入られる妖婦がカク。

467 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/14(水) 16:02:15
カクは劉備が一番強ければ劉備に仕えるだろうし、孫権がそうなら孫権にも仕えるだろうな。

468 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/14(水) 16:16:03
>>467
そうかなあ?

リカクらに仕えてたわけだし、張繍の下で曹操を破り
袁紹の配下にならなかったわけだし。。

一番強い奴に仕えるのか?
世渡りは抜群に上手いけどさあ。

469 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/14(水) 18:35:13
>>463
ifには見えないけど?
むしろrealでしょ。

470 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/14(水) 18:43:08
立案と実行では、確実に実行の方が面倒で負担が大きい。
孔明は立案から実行まで全てやってるけど、カクは常に君主の影に隠れて責任はそれほど重大ではないジョブ。
実行するのは君主です。

孔明の場合、参謀と同時に君主と同等の仕事をしてた。ここが一番評価高いと思う。
それも、カクのような短期的な立案じゃなくて、国家レベルの立案。


471 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/14(水) 21:04:44
>>457
だれも突っ込まないのて言っておく。曹叡は諸葛亮生前でも度々造築していたが何か?

472 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/14(水) 23:30:30
そもそも角は炎症じゃなく曹操に使えた時点で相当者を見る目が優れてるw

473 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/15(木) 00:09:10
>>472
袁紹に売っても高く売れない
曹操は劣勢で高く売れ、上手く行けば元勲
曹操が負けそうになってから袁紹に投じても
ほとんど変わらない値で買ってくれる

474 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/15(木) 00:39:36
カクは中国の藤堂高虎

475 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/15(木) 04:11:31
ソウソウの人材マニアっぷりを見抜き、さんざんにソウソウを叩き自分の価値を知らしめてから降伏
カクして巍の重臣になる

476 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/15(木) 20:18:09
ば、賈ク・・・


477 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/16(金) 00:35:03
>>474
センゴク読んじゃうとちょっとムリぽ

478 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/17(土) 02:32:47
も、諸葛亮・・・


479 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/17(土) 12:55:39
策謀に関しては角どころか陳宮より下だよ

480 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/17(土) 20:02:00
曹操としては、自分を破った仇敵を遇してみせることで
「あのカクでさえ厚遇されるのなら・・」とエン軍の将校に
思わせたかったんだろうな。張コウとか高覧とかの投降も
無縁でないのかも知れん、前後関係はよく知らんけど
まあそれをすべて奴は見透かしていた訳です

481 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 04:13:07
>>479
正史でも諸葛亮が奇策で絶賛されてるの知らないだろ?

482 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/18(日) 13:27:29
あえ

483 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/19(月) 08:17:45
>>479
陳宮は普通に当時トップクラスだろ諸葛菜と比べたら可哀想

484 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/20(火) 00:54:53
諸葛亮も当時のトップクラスです

485 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/21(水) 09:41:41
>>480
「先ず賈クより初めよ」かw

486 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/22(木) 21:09:21
ジュンイク ユウ カク よりも
チンキュウのほうがあたまいいよな

487 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/22(木) 21:30:33
確かにエンシュウをあっと言う間に掠め取った腕前は測りしれん。

488 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/23(金) 08:08:14
本場中国ではカクなんて完全に格下扱いだけどね。
日本のにわかだけだよ、評価してんのは。
あっちでは諸葛亮と対比されるのはジュンイクの方で、
三国史内ではトップ3には入る。
中国の評論にはカクとジュンイクを同列に扱う事自体おこがましいとある。

489 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/23(金) 11:13:10
大局的にも局地的にも蜀を支えた諸葛亮の実力をたかだか演技で神扱いされているだけで
          ____
       / \  /\ キリッ
.     / (ー)  (ー)\
    /   ⌒(__人__)⌒ \   < 諸葛亮マンセーしてるのは演技厨
    |      |r┬-|    |      正史では負け戦ばかり
     \     `ー'´   /

490 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/23(金) 15:25:12
>>488
儒教まみれの中国の評が参考になるとでも?
あっちじゃ孔子が文帝で、関羽が武帝になるくらいなんだぞ
得や忠義を貫抜いた人物が過大な評価をされるのが中国。諸葛亮がその典型。

491 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/23(金) 20:19:28
>>490
暴れ回る張飛や孫悟空(天界編)が大人気だけどな

492 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/23(金) 21:10:17
>>490
で?
だから諸葛亮の行ったことはみな虚であるなんて主張が通らないのはわかるよな?

493 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/24(土) 00:48:22
>>492
いきなり何を言っているんだお前は?
諸葛亮の行ったことはみな虚であるなんて
そんな議論誰もしてないわけだが。

494 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/24(土) 02:20:53
>>490
忠義(判官)ものは日本の方が人気が有る罠

495 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/24(土) 08:11:53
まあ、まとめるとこうなるんだ。
献策・カク
君主の出来・カク
メジャーさ・孔明
横山の評価・孔明
先見の明・カク
面倒見のよさ・孔明
結果、3対3で似ったり寄ったりなんだ。それより陳宮の話しようや

496 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/24(土) 09:06:10
陳宮より賈クのほうが頭が良い


497 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/24(土) 13:43:31
>>495
なんで陳宮なんだよw
まあ、俺もあいつは結構すきだが

498 :ウサギのピョン吉 ◆aqUOInq5xU :2007/11/24(土) 17:29:43
孔明は東大に受かるか?
カクなら余裕

499 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/25(日) 03:34:59
献策・諸葛亮(諸葛亮の献策に失策無し、賈クは曹操を殺せなかったので失策あり
君主の出来・諸葛亮(平均するとダメな君主に仕えずぎ、
メジャーさ・諸葛亮(諸葛亮は諺にもなっている
横山の評価・諸葛亮(賈クは完全モブキャラ
先見の明・諸葛亮(君主コロコロ返る賈クは先見の明は無い
面倒見のよさ・諸葛亮(賈クは自分で精一杯

諸葛亮圧勝

500 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/25(日) 11:32:37
500

501 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/25(日) 11:37:51
>>499
曹操破ったのに失策とか、アホかと

502 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/25(日) 18:08:32
あの時点での作戦の本意は軍を破ることではなく曹操を殺すことだと思うんだが
なのに殺せなかった。これは失策だろ。だからっつって能力を下げられる類の失策ではないが

503 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/25(日) 19:35:43
失策というのは普通策が完全に裏目に出た時・もしくは目的が完全に果たせなかった時の策のことを言う。
俺が思うに、あなたは詰めの甘さと失策を強引に結び付けて考えていると思うんだが。
例えば、これが失策と言うなら諸葛亮の天下三分の計も失策という事になるだろう。
中原回復という大本の目的は結果的に蜀は果たせなかった訳だからな。
だが普通誰もこれを失策とは言わない。
中原回復のその過程・下地は確かに出来ていた訳だからな。目標の半分は達成したわけだ。
あの時のカクもそれと同じ状況と言える。曹操暗殺と言う大本の目的があり、曹操暗殺の下地は出来ていたが
結果的に曹昂・典韋を始めとする曹操軍は打ち破ったが、曹操暗殺まではならなかった。
目標の半分は達成したが、最後の大本は達成できなかったといえるだろう。
これは詰めの甘さこそ指摘出来るが、失策とは言わない。
失策の定義を論ずる上で今は天下三分の計を例に挙げたが、こういう例は他にもたくさんあるしな。

504 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/25(日) 19:56:23
天下三分の計は、浪人の劉備に領土の蜀を得て三国を鼎立することを言うわけで
天下を取るという目的はまた別戦略と思うのだが
暗殺で言えば、天下を取るは、曹操を殺した後の行動だろうよ

505 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/25(日) 20:22:30
>>504
wikipediaを見れば分かるけど、
一般的な天下三分の計は確かに3勢力の均衡を保つ作戦なんだが、
諸葛亮の場合の天下三分の計は厳密な意味で違う。
まあ、天下三分の計は例の中の一つに挙げただけだからな。
主点はこっちではなく
「目標の半分の達成と半分の不達成」。
これを失策というのは違うという事を言いたかった。

506 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/25(日) 21:05:50
>>503
いや、いかなる功をあげようと目的を達成できてないならそれは失策じゃないか?
天下三分とはそもそも戦略的問題で、蜀を得て呉と結び荊州を経て中原を窺うという方針そのものに失策があったとは思えないし
中原を得ることができなかったのは確かだがそれを天下三分、あるいは諸葛亮の失策と問うのは無理があるだろう
結果として隆中対は破錠しているがその責任は荊州督関羽または主劉備が負うべきなのでは
賈クは大博打で反旗を翻したものの曹操殺害に失敗し降伏を余儀なくされ、結果自身の保身に終われることになっている
そもそもこの作戦は曹操を殺すか殺せないかが大本、殺すことを意図せず尚叛く意味がない。
諸葛亮の献策とは違い多大なリスクを孕んだ作戦を献策しながら暗殺できなかった。これはどう見ても失策でしょ
もっともそれで曹操軍を破った功が消えるわけではないが。それでも失策は失策
あと俺>>499じゃないんよ(´・∀・`)

507 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/25(日) 23:57:02
暗殺で、曹操を追い詰めたから失策じゃないってのは納得行かないなぁ
戦争や戦術じゃなくて暗殺の手際とタイミングなんだし

508 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/26(月) 03:19:26
諸葛亮 : 東大法卒
賈ク   : 早稲田政経卒

509 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/26(月) 08:43:31
たまには曹操の身代わりとなって死んだ曹昂のことも思い出してあげて下さい。

510 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/26(月) 11:30:30
>>508
ヘンな例えだな。
>>509
曹操「倅の事などどうでもよい。
悪来を失った事こそわしの不覚よ!ところで名前なんつったかな?え〜と…昴(スバル)?」

511 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/26(月) 17:06:21
風林火山でタイプ別に分けると
諸葛亮は山のトップクラス、賈クは林のトップクラスって感じ。なんとなく

512 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/27(火) 00:33:56
孔明が最強に決まってんだろ。
東南の風だろうがジュリアナ踊って呼んじゃうぐらいだぜ。

513 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/27(火) 00:40:03
>>508
なんか判るw

514 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/27(火) 06:30:36
諸葛亮 日大

こっちがしっくりくる

515 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/27(火) 07:37:25
こねーよw

516 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/27(火) 18:21:48
>>506
俺が言いたいのは、目的を達成できなかったからって
それを失策って決め付けるのが問題だと言いたいんだよ(最初の1行目な)
完全に目的を達成できた策なんていくつ挙げられるよ?
完全成功した策以外全てが失策という事にならないか、それじゃ。

>>507
策の成否はその策がどれだけ成功したかを見て判断するのであって
策の相対的な戦略の大小は失策の定義には関係ない。

どうも、思うに失策の定義がちゃんとしていないから、こういう議論が出てくるんだろうな。
たぶん失策の定義を明確にしない限りこの議論は終わらないと思う。

517 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/27(火) 18:48:38
そもそも失策の前提からして違うんだから結論なんか出るわけがない。

>>503
目的を達成できなくても過程である程度結果を出していればそれは失策ではなく、
あの時のカクの策は〜・・・・うんたらかんたら・・・〜よって失策ではない。

>>506
目的が達成できなければそれは失策であり、いかなる戦功を揚げようと過程は関係なし。
であるからして、あの時のカクの策は〜・・・・うんたらかんたら・・・〜よって失策である。

結論:一生やってろw

518 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/27(火) 19:27:24
>>516
例えばある者がウサギを弓で射たとしてその矢が狙っていたウサギを逃したもののネズミを射抜くことができた。
これをどう解釈するかだな
狩りは成功だろう。だからと言ってその者の弓の腕を評価することは難しいだろう

519 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/27(火) 20:10:19
まぁ諸葛亮が赤壁で曹操を殺せなかったのも失策。
陳倉を落とせなかったのも失策。
五丈原で司馬懿を殺せなかったのも失策。

諸葛亮は失策だらけだな。

520 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/27(火) 20:27:22
>>519
赤壁と同一に語るとは詭弁
そもそも諸葛亮は赤壁において実軍指揮を行っていない
それならば周喩に失策があるか?少なくとも大きい目で見ればない
遠征してきた曹操軍を破ってほぼ荊州すべてを手に入れたんだ。曹操の首などあの時期に価値はあまりない
陳倉はともかく、五丈原においても司馬懿を殺せなかったのが失策とは・・・ww
聞いて呆れる。
そもそも孔明と文和とでは戦場での実経験量がぜんぜん違う
安易に成功したか失敗したかの結果だけ捉えてさも諸葛亮が愚であるかのように揶揄するのは謂れの無き中傷以外の何物でもない

521 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/28(水) 01:14:48
>>519
五丈原、陳倉は献策の失策じゃないので問題ありません

522 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/28(水) 01:45:39
失策の定義「策が裏目に出て、立場がより悪くなった状態」
戦争で言う所、潰滅したあげく自国が滅ぶ危険すらある状態でどーよ?

523 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/29(木) 01:12:08
失策以前に孔明が特別な策を弄したことなんて演技以外ない
策士より能史的な人間でしょ

524 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/29(木) 01:23:23
奇策を用いて同盟を為す(正史)

525 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/29(木) 02:13:32
>>514-515
おもろすぎw
514はどんだけ低学歴なんだよw

526 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/29(木) 03:10:42
>>524
それコウメイが死んでになってからの蜀史じゃねーの
そもそも外交で奇策って何だよ

527 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/29(木) 08:06:12
死んでねーよ?
同盟事態が奇策、正史読め

528 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/30(金) 01:10:22
>>曹操の首などあの時期に価値はあまりない

ここに笑うところ?

529 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/30(金) 08:00:32
いや?
そもそも曹操を打つことが目的じゃない上に全軍20万の総督曹操を殺すのなんて無理。
殺すためには相当な労力とリスク、物資面での負担を伴うがそこまでして曹操の首を上げる価値なし
下手に殺しては魏と同盟という手を無くしてしまうしな
こと三国鼎立という時代において君主の首に価値が狙うほどの価値があるとは思えないな
それにそこしか反論しないってことはそれ以外に反論の術なしでよろしいか?

530 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/30(金) 15:20:49
ビリヤードでうまくいけば玉を二つ落とせる場面

@見事二つ落とす
A残念ながら一つしか落とせなかった
B一つも落とせなかったが玉には当てた
C玉にカスリもせず敵が有利に

どっから失策?

531 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/30(金) 16:08:14
このような状況になった時点で失策

532 :無名武将@お腹せっぷく:2007/11/30(金) 16:56:20
>>530
何を狙ってるかによるだろ
どんな戦であれ目的を果たすのが一番重要なんだよ

533 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/01(土) 01:44:37
>>527
>同盟自体が奇策
曹操に敵対する勢力が手を結ぶのは当たり前出しかないと思うがw

534 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/01(土) 01:56:28
>>533
まぁ正史読め
話しはそれからだ

535 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/01(土) 16:36:10
賈詡厨、失笑wwwwwwwww

536 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/01(土) 17:37:43
賈?

537 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/01(土) 18:45:28
>こと三国鼎立という時代において君主の首に価値が狙うほどの価値があるとは思えないな

読んでいて恥ずかしくなるな。
もう書き込まないほうがいいんじゃないか?
正史云々の前に古代史に理解があるとは到底思えない。


538 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/01(土) 19:03:15
バレたかwwwwwww
実は俺もそこには無理があるなと思ったけどどうにかごまかそうと思って適当に言いつくろったのだ
すまん(´・ω・`)

539 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/02(日) 03:47:59
蒼天読み過ぎ

540 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/03(月) 19:08:38
そもそも>>535の賈蛎ってだれよwww

541 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/04(火) 05:50:41
賈詡は曹操を唯一追い詰めた男だからな。
所轄亮なんか話しにもならんよ。

542 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/04(火) 07:54:58
有能さの種類が違かろうに

543 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/04(火) 07:59:55
賈クは失敗した暗殺者として曹操を追い詰め
馬超は軍事で曹操を追い詰め
諸葛亮は曹操の天下統一を奇策で阻んだ

この中で一番しょぼいのは賈ク

544 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/04(火) 09:02:15
一つ言えるのは、賈クは有能すぎて張繍以外の誰からも信頼されなかった。
そのために全権を振るって大きな場で活躍する機会は一度も無かった。

545 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/04(火) 13:22:37
>>541
裏切って暗殺失敗しただけじゃん。
それでいいなら、演義の吉平の方がよほど曹操追い詰めた男だろう。

546 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/04(火) 19:00:19
>>519
陳倉を攻撃したのは20日あまりだし、魏の援軍が来なければ落としてたかも
しれないな。

>>520
周喩は南郡を取っただけで、荊州の大部分は劉備が制圧したんじゃなかったっけ。
劉備が制圧できたのは周喩のおかけだけど。でも関羽と張飛は南郡制圧に参加してた
から南郡制圧は劉備と周喩の共同作戦とも言える気がするが。
それはともかく何で孫権は劉備に南郡を貸しちゃったんだろうか?
劉備には自力で制圧した荊州南部の四郡があるのに。

>>543
呂布は一度は曹操を捕まえたんじゃなかったっけ?
間抜けな兵士が逃がしちゃったみたいだけど。

547 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/04(火) 19:07:27
このスレタイ、諸葛亮を過小評価しすぎ。
ゲーム、漫画中心で三国志を考えてないで
もう少し目線を広げて欲しい。

548 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/04(火) 21:07:40
>>546

549 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/04(火) 21:25:51
ああミスった\(^o^)/
>>54
南郡侵攻では呉軍と劉備軍は言うとおり一緒に攻めてるよ。
でも諸葛亮はどっちみち指揮してないよ

550 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/04(火) 23:52:52
弱メン叩きすら指揮できない諸葛亮プゲラ

こうですか?わかりません(><)

551 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/05(水) 00:23:43
呉を守って南部政権の地盤を作った周瑜が一番頭いい。

552 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/05(水) 00:52:25
>>544
降伏したのに裏切って息子と忠臣を殺したやつが
信じられるお前の頭がおかしい


553 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/05(水) 16:35:43
>>550
というより昔から付き従ってた歴戦の将軍が数多の中
わざわざ従って何年もたたない若造を将軍に抜擢するなんて無理
実際諸葛亮は北伐で見てみても攻めるのがあまり得意じゃない

554 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/06(木) 03:23:14
核じゃ、長州を裏から操って蜀の領土くらいまで広げるの無理。
孔明だから劉備を操ってそこまでできた。

555 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/06(木) 11:42:52
>>552
そういう意味では、生き残るためだけに自分の才能を台無しにしたとも言える。

556 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/07(金) 01:16:45
つか、何の展望を考えて曹操暗殺なんかやったんだろう?
どう考えても刹那過ぎ
そりゃ曹操に「少し落ち着け、目の前に囚われ過ぎ(意訳)」と
言われるだけはある

557 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/20(木) 18:53:13
人の上に立ち指導する者の理想像が諸葛亮、
人の下に付き支える者の参考になるのが賈ク
というのが個人的な感想

あと個人の処世術ということに関して
直接役に立ちそうな知恵やテクニックを持っているのが賈クかな
いけ好かないとかセコいとか言われるのも分からなくもないけどねw

558 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/23(日) 21:05:54
カクのような老後がいいです(><)

559 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 00:41:46
諸葛亮の活躍話は全部創作だろ。
よってカクのほうが上。

560 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 01:08:34
>>554
蜀の領土拡張はほぼ法正の功績ですが?

561 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 01:30:01
人間性はホウ統が一番!

562 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 03:27:58
意外に周瑜かもよ


563 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 06:08:47
>>560
そうだね、法正達が裏切りをしなければ
蜀建国は難しかったかもね。
でもその首謀者は張松であって法正じゃないよね

564 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 09:41:48
軍略に長けてる法正も益州じゃしょぼい豪族
権力がしょぼいからこそ不満も出るし反乱においてそういう不満分子を煽るのは名家の役割
家柄を論じるなら首謀張松が上で正しいが軍略の冴えを論ずるとき首謀者がどうこうなど表面的な問題でしかない

565 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 13:55:30
法正の軍略とやらは、黄権が見抜いたりできるオーソドックスなもの
素晴しい策と褒められる事も無く、裴松之に失笑されるようなもの

566 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 13:58:19
というか、法正って張松のパシリ役
張松が生きていれば。影の薄い存在になっていた
蜀制圧では張松を見殺しにし(積極的に殺す策を推進し)
ホウ統が死んだ後は、諸葛亮の援軍がこなければ
益州を制圧することもできていない

567 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 14:11:43
つまり

張松>>>>法正≧諸葛亮

ということででおk?

568 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 14:18:02
法正が諸葛亮のような事ができるかといえばNO
諸葛亮が法正のやった事ができるかといえばYES
んだけ

569 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 15:53:13
全くその通り。比べるほうが間違ってる。

570 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 19:40:14
2ch内ではやたらと2極論に話が進みがちだ。
そもそも漢中制圧戦での戦術考案を勤めた法正と黄権はどちらも優秀な人物と見て問題ないし
法正がもし長寿だったなら黄権と同様呉への奪回作戦にも付いてった可能性は高い。それだけあの劉備にも信用されてた
所詮後付とはいえ孔明に考直ありせばと言われた人物の代役を「策は多いが決まることが少ない」孔明が果たして簡単にできると言い切れるだろうかねえ。
実際北伐を見てもできるとは思えん。あの当時精兵を失い魏との国力が開ききっているのを十分考慮してもだよ。

571 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 22:21:20
>>570
「策は多いが決まることが少ない」
ソースキボン

諸葛亮は門地も無く、裏切りの功績も無い若造にすぎないのに
実力のみで劉備に信用されて宰相職に抜擢されているわけで
法正が同行してもできなかった蜀制圧は諸葛亮達援軍で達成された
また法正の漢中戦は裴松之の評価も芳しく無い

諸葛亮の北伐では魏に一目置かれ、震撼さしめる程の効果はあったしな
魏でまともに評価されたのは劉備関羽諸葛亮くらいのもんと思われる
ので、法正が生きていたからといって諸葛亮以上の事がきるとは思えない
また夷陵に同行して黄権以上の事ができたかは怪しい
劉備が法正に頭が上がらないので何かできかたかもしれないけども

572 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 22:53:43
司馬懿の評(訳)
諸葛亮は志大きかれど而して機を見ず、謀多かれど而して決すること少なし、兵を好みながら而して権(変)が無い、卒十万を提すると雖も、巳に吾が畫中に墮ちたり、之を破ること必ずやならん矣

諸葛亮には荊州名士との繋がりがある。人物評でも名声を得ている。若くても用いるに十分な要因があるし、
実際要職に付いたのは仕官後結構経ってからだし実になるべくしてなった事。
元々劉備らのみの蜀制圧は頭にないし、張飛、諸葛亮らの援軍も予定通り。全て劉備の思い通りにいってる。
あとは何のことやらさっぱり。法正が生きてたら諸葛亮より何かを残したなんて一言も言ってない


573 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 23:01:33
>>570>>572って同一人物?
文章っていうか言いたいことが妙に分かりづらいんだけど

574 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 23:08:39
局地的な戦においても法正は諸葛亮を上回れないと言うような書き込みがあったからそれはどうかと言っただけなんだが。
それによくわかんないレスつけるから俺のレスもよくわかんないんだよ

575 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 23:10:28
>>572
司馬懿は諸葛亮を天下の奇才とも言ってるがな
一つの評価を鵜呑みにしすぎ


576 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 23:23:20
いや、天下の奇才なのと>>572の評は重複しうるし。
守勢にかけては一品の将で間違いないが
攻勢においても天下の才と呼べるかな?
連絡線を切ってみたり、包囲してみたり、陽動してみたり。
どれも有効なはずなのにどれも攻め切れてない。これこそ陳寿の言う「臨機応変の軍才は〜」であり、司馬懿の「謀多くして決すること少なし」
その諸葛亮が自分より上と認めて、実際功績もある法正をなぜ諸葛亮より下と断定できるの?

577 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 23:41:26
坊やだからさ

578 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/24(月) 23:51:55
>>576
実績上と認めてって、法正がいれば云々の話し?
あれは劉備が法正に頭が上がらないという前提があるからだよ
犯罪をおかしても「仕方ないよ法正だもん」ですんじゃう程裏切りの対価は大きかったわけで

本来大胆な奇策を好む諸葛亮(自らを楽毅と呼ぶような奴)が
守勢に意識が向いて大胆な攻勢に向けなかったのは夷陵の傷がでかく
余剰戦力が無かった為、一敗が国を失うという状況下だった為で、それは君も認める事だろ?

で、法正が攻勢に強いって漢中の一件、それもケイ肋での話しのみじゃね?
一番蜀の戦力が高かった時代であり、活躍もなんか一声掛けてるだけだし、黄権の件もあり、裴松之の評価も低いぞ?

579 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/25(火) 12:25:07
むしろその話は功を上げたものにはより機会を与え、失策を犯したものには機会を取り上げるという劉備の人材抜擢のあり方を鑑みて、
漢中戦、益州入りで功を上げ、また裏切りを成功させた という実績のある法正の献策ならば、という意味と見るべきであり(事実法正は劉備に諡号を送られている)
時代背景が豪族の上に成り立つ社会とはいえ、益州人士の上に荊州人士と寒門上がりの古参があるという構造の蜀内部では権力者に逆らえないという見かたは少々無理があるかと。
さらに言えば荊州奪回は蜀が中原を望む現実性を高めるためには必要不可欠なものであり、誰の進言があろうと劉備は軍を起こしたと思う。
諸葛亮が言う「考直ありせば」はいつまでも呉の情勢を見て一寸の勝てる希望を捨てない劉備を退かせるほど当時任用されてた人物は法正のみ、という事。

本来大胆な奇策を好む諸葛亮という記述はどこに書いてあるの?
不利なのは十分分かってるが結局は領土を勝ち取ることはできず北伐は事実上失敗。国を維持できたのだから成功といえばそうかもしれないが、
史記の記述も少なく、ただ知りえるのは優れた人物であったということぐらいの法正の事績を、以上をもって諸葛亮にもできるというほどの蓋然性は俺には感じられない。

蜀の史記の少なさは異常と言えるほどで、本来伝を立てられるべき人物も立てられてない始末。
だからこそ出世コースの尚書令に付き護軍将軍を任ぜられ翼侯と称されたほどの人物の功績が一目で分かるほどしかなく後世の評価も低い。

580 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 01:18:01
>>579
では法正の傍若無人さを咎める事ができなかったのは、実力のおかげだとでも?
諸葛亮もまたくり返し、優れた人物と書かれている事と、自ら軍事を行う手腕。

法正の事跡は余人をもって可能である事は黄権の例を見ても明らかであり
裴松之の法正による軍事的評価も低い。
法正は軍事畑の人間では無い点、また軍事的功績がケイ肋であり争奪の意思の低い土地柄であること。
(無人の荒野でよければ諸葛亮も北伐で奪っているわけで)
関張糜の重臣と法正の死の扱いの特別な差を鑑みれば、才能による扱いの差では無く
それは裏切りの対価(恩義)であることは分りやすい見方だと思うが?

諸葛亮は呉と同盟を結ぶと言う、単身乗り込むという大胆な奇策を成功させている。
自らを管仲楽毅に準える人物が奇策を好んでいない官僚的な人物と見るのはどうかと思うぞ

581 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 04:03:27
>>580
法正は戦略も戦術も孔明より普通に上だよ、だから劉備からも信頼された
漢仲攻略の成功を見抜き進撃を提言したり、軍事以外にも蜀の制度作りに関わってる

法正は並外れた計画性と術数を持ち、事の成功と失敗を見極め魏で言えばテイイク・カクカと評されてるしね

孔明は石田三成タイプの官僚実務型で、奇策のような投機性の強い策は使わないし苦手って評価されてる
呉との外交に関しても費イやトウシも成功させてるし、お互いが魏に対抗するためには協力せざるえない状況だっただけ

孔明は管仲、楽毅の実績に贔屓目で見ても及ばないし、ああいう生き方や憧れてただけでしょ
出仕の表とか明らかに楽毅の名文を意識してるし

582 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 07:05:18
>>581
普通に上ってのを証明してください。正史を読んでいる579とは違う人である事はわかりました。

「軍事以外にも蜀の制度作り」に関わってるのは諸葛亮が中心になっています
で、正史では諸葛亮は管仲蕭何の亜としておりますが?

呉との同盟の成功は正史において「奇策」と絶賛されております。
なぜこの同盟が正史において絶賛されたかと申しますと、劉備側は敗走中(正直同盟を結んでも美味しく無い状態)、呉ではニ大巨頭は劉備なんか歯牙に掛けていない状態(日本で言えば政策秘書が賛成しているけど、
官房長官と最大派閥のボスが反対)の中、実質呉のみ動いて旨味だけ得るという俄に信じ難い逆転劇を起こしたからであります。

官僚型の人間が、パイプのある呉でもなく、大勢力の劉表でもなく、その客将である劉備に仕官するという事実は、
安定型とは正反対の投機的な性格のあらわれといっていいでしょう。
夷陵の後の戦争は元手不足で堅実に行くしか無い状態です。
戦争なんてしても勝てる可能性は少ないです。そんなことは同時代の呉を見れば明らかでしょう?
にも関らず、戦争という投機的な行動に出ている事は、官僚的性格とはもっとも離れている性格と言えます。

というか、石田三成の挙兵は奇策だと思うのですが?
少なくも200万石に20万石にもならない国が全面戦争できた事は凄い事なんですよ?
実際におきた事だからたいした事じゃないように見えますが。
仮に石田三成が諸葛亮のような尊敬される宰相であった場合は関ヶ原は勝っていたというか
それ以前に徳川は大人しかったとは思うのですが

583 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 09:47:11
軍事の事はよくわからんが少なくとも
政治家としても外交官としても優秀だったとは思う
あくまで主観だけど戦術面はともかく戦略面は優秀だったんじゃないか?

584 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 11:47:21
俺もそれが妥当な判断だと思うな
策といっても、それは戦略面においてであっておもに政治家・外交官の功績。
軍人・戦術家としての功績ではない。

585 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 12:12:33
軍人=戦術家って認識がおかしくない?
てか諸葛亮レベルの人物になると軍事と政治・外交って完全には分けられないと思うんだが?

586 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 15:38:43
>軍人=戦術家って認識がおかしくない?
なら戦術家だけでも結構。軍人という言葉を使ったのは戦術面での語弊を強めるために添えただけの話。

>諸葛亮レベルの人物になると軍事と政治・外交って完全には分けられないと思うんだが?
仰るとおり、軍事って広い意味を有するから内政や外交と被る部分が出てくる。
大まかには分けられるだろうが完全に分けるのは無理な話。だからあえて軍人、戦術家という言葉を使ったわけだ。
軍事は軍中で弄した策や軍の統率のみではなく徴兵や訓練を始めとする軍に関わる事全てを指す。
例えば兵器の発明にしてもこれは軍事的功績だろう。ただ、これは内政的な意味合いも包している。
それら軍事的功績から内政的意味合いを持つ中性的なものを除去したら、
「奇策」とやらは純粋に戦争のみにおける戦術家としての功績とは言えないということだ。

587 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 16:11:26
むしろ>>582には法正より孔明が戦略も戦術も上だということを証明して欲しい

588 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 20:49:44
    |┃三 ガラッ
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    |┃/    >  )    ゜゜・∴:,゜・~
    |┃     (__)    :,゜・~:,゜・゜゜・~



589 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/26(水) 22:59:46
八戸のぶながタンに萌えるスレ
http://ex21.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1198666221/

590 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 00:47:17
孫策が孫権に呉の君主をゆずる時、お前は内政の才はあるが江東の兵を引き連れ乾坤一擲に賭けるのは、わしに遠く及ばないと評したのと同じでしょ
孔明はこつこつ計算して積み上げる内政はうまいが、戦争と言う博打の要素を含むのは苦手

591 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 01:04:37
>>590
スレの流れを読み返そうか

592 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 01:26:00
諸葛亮の軍事能力は十二分に一流と言える
司馬懿に対した敵はほとんどが機動戦で瞬時に敗北をしている
司馬懿は諸葛亮にも攻勢で望んだが、手痛い反撃に合い
その後は持久戦を展開するようになった
司馬懿をして、慎重にせざるえない司令官である諸葛亮という図式は
相応の実力を持つと評価できることだろう。

諸葛亮がコツコツ型の司令官というのであれば、司馬懿も陸遜も
いやさ、三国鼎立してからの人物はみなコツコツ型の人間になってしまうのな
情勢の問題。得に蜀漢。

>>587
>>580

593 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 01:32:46
常識だな

594 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 02:36:58
法正や魏延と比べるとほぼ雑魚でしょ孔明は
第一芝居は孔明を格下扱いしてるし、勝ったとたん誉めてるしw

595 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 03:01:57
貶している時は必死だったって事じゃん

596 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 03:12:10
孔明は策は多いが実行する決断力はないとか言ってるし
名将に必要な直観力と決断力が不足してたんだろうな

597 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 03:59:46
袁紹キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

598 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 08:46:17
決断するだけの国力が無かったってことじゃないか?

599 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 11:56:26
大抵の名将わぁ 小兵で大兵に勝ってるけどねぇ♡ orz・・・

600 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 12:09:17
蜀の国力で本気で魏に勝とうと思ったら、
100人の兵で14400を打ち破るくらいじゃないと国が終わるけどな。

601 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 12:49:10
蜀 100万人 兵10万
魏 450万人 兵40万

602 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 12:53:22
そんな数字見たことねぇwww

603 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 12:55:40
霊帝期から人口が40%近く減ってるとか…曹氏の治世はよほど酷かったんだなwww

604 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 13:00:34
曹操は自分より強国の袁紹に勝ってる、信長も3000程度の兵で8倍以上の兵を持つ今川軍に勝ってる。
孔明が勝手に自称してた楽毅も弱国の燕に使え、国力で比較にならない強国斉の9割以上占領し滅亡寸前まで追い込んでる。

他にも韓信だの見れば英雄と呼ばれる人間や軍事的名将はほぼ無理といわれる状況を覆してる。
だから英雄や天才と呼ばれる。

605 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 13:03:01
>>602
三国時代の中国の人口は800万人程度。
魏が450万人ほど呉が250万人ほど蜀は100万人ほど。
蜀は人口のわりに兵負担が多く10万近くいた。

606 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 13:04:33
官渡で曹操は何か名将の名将らしい事をやったか?
行き当たりばったりの行動をやってたら、袁家が勝手に内部分裂したあげくにパニック、だろ。
官渡の采配自体はむしろ袁紹の方に軍配が上がらんか?

607 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 13:10:16
>>605
それ何の数字?
呉末の230万が晋の駐屯軍戸籍調査のそれとしても、蜀の100万と魏の450万の論拠は知らない。
263年の魏蜀の人口が540万だよな。
280年の調査では1600万だが、これは屯田制を廃止した結果の人工激増なんだよな。

後漢末の数字と比べてすら、中原の割合がかなり酷い事になってるが、
それは魏の戸数が兵戸制によって屯田兵を民戸から抜いた数だって事が頭から抜けてないか?

608 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 13:15:26
                 ,〜((((((((〜〜、
                ( _(((((((((_ )
                |/ ~^^\)/^^~ヽ|
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             \ \/~~.... |。ミ ~~ヽ
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                    |   |。に|  ヽ_ヽ
              _    |   |。蛸|   ゝつ
             |\  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\

609 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 13:18:47
>>607
三国時代は人口大体800万が定説だけど?

610 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 13:23:57
>>609
三国時代の800万という調査結果や800万人説なんて知らんし、
242年の762万の事を言ってるなら、兵戸抜けてますよって、更にそんな配分にはなっとりませんって。
で、後漢書(5006万人)やら晋末(1670万人)だとそもそも800万より遥かに多い。

611 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 13:24:42
晋末じゃねぇ。晋初。

612 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 13:32:13
>>610
三国期は黄巾〜戦争〜飢餓で人口がだいぶ減ってる。
魏250〜450
呉150〜250
蜀94〜100
これが定説です

613 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 13:33:38
>>612
ソースは学研ですか。
だから兵戸制によって屯田兵が人口から端から抜けてるって当たり前の事情が理解できないんだな。

614 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 13:37:07
正確に言うと、その数字が出てくるのは貝塚茂樹の『中国の歴史』だな。
1964年の本がソースっておま…

615 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 13:51:42
ちなみにウィキでは三国時代の人口は700数十万程度となってる

616 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 14:01:10
wikiには誰でも書き込める。
詰まる所、出典のない記事なんぞは便所の落書きと変わらん。
wikiや半世紀前の本の内容を信じる前に、正史を通しで読むほうが建設的。
いかにその数字が疑わしい物かが分かってくると思うぜ。

617 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 14:03:56
普通に800万が定説ですが?孔明は法正やカクに劣るし。

618 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 14:04:58
君が信じたい三国志を信じれば良いんじゃないかな?w

619 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 14:07:53
普通にウィキのほうが信用できるけどなwww
何万人以上もの詳しい連中で作ってるし、間違ってるなら直せばいいんじゃ?誰も直さないけど・・・

620 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 14:08:59
心あるジャーナリストが朝日新聞で働こうとするだろうか?
それと同じことだな。

621 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 14:11:41
後、「俺の言う事を信じろ」と言ってるわけじゃなく「自分で調べろ」という述べてるのに対して、
wikiの方が信用できるという言葉が返ってくるあたり、三国志が好きって訳でもないんだろうな。
労力を惜しんで何が得られるというんだろうか。

622 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 14:46:37
>>621
一応ウィキは多くの同意がないと文章はできないからね
違うと思う奴がいれば当然書き直されるし

623 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 14:57:43
どんだけ書き込みがあっても何処からの記述か記されていなくては、
資料的価値は0に近いけどな。

624 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 14:58:16
何処からの引用か、だな。訂正。

625 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 16:39:53
>>604
それは相手が撃って出てきた場合だろ
国力が大幅に上回る相手が持久戦挑んできたら
敵の領土内で勝つのは相手の指揮官が余程ダメな奴じゃないと無理だと思うぞ

626 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 22:44:30
曹操対諸葛亮

627 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/27(木) 22:56:25
wikiの
法正と諸葛亮の性格が合わないって
何から来てるんだろう?

628 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/28(金) 02:45:53
周瑜の記事にちょっと前まで書かれてた武侯と同じく小説ネタじゃねぇ?

629 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/28(金) 03:04:07
法に対する考えが逆

630 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/28(金) 03:13:39
それは…思想の不一致だよな

631 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/28(金) 18:26:53
三国時代のような乱世では
政治力や知力なんかより
やはり武力のほうが重要。
諸葛亮なんぞ孫乾にも劣る。

632 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/28(金) 18:31:09
思想を基に行動していたらやはり合わないんだろうな

633 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/28(金) 18:42:37
マーボードーフ

634 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/29(土) 01:07:19
>>628
それって、「あっそうか、そうですね」って法正納得しちゃってね?
控えめに見ても諸葛亮をマンセーする為のエピソードにしか見えないんだが
読解力おかしいか?

ソリが合わない場合、意見を違えると陰口したりするもんじゃね?
どうみても法正が徳治の人には見えないし

635 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/29(土) 01:44:44
>>631
そう思って生きて来た劉備が小僧に頭を下げて仕官を求めた理由を考えれば良いよ

636 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/29(土) 06:26:24
>>632
まあ同じ陣営でも思想とか全然違う奴は多かっただろうしねえ
それでも目指す部分が大体同じだったら
目的達成するまでは目を瞑って一緒に行動するって感じか

637 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/29(土) 08:09:35
>>632
なぁ、これ思想の違いか?
「厳しすぎないか?」ときいて「今はこれこれこういう理由で厳しくするべきです」という問答してるだけじゃね?
方針の違いだったのなら、法正の方が地位が上なのだから、そちらを選択できるのだからしてると思う。
法正が諸葛亮の説明に納得してるだけじゃね?

638 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/29(土) 10:53:41
いや、上ではないだろ確か

639 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/29(土) 17:19:17
法「戦後だから恩恵を施すべきでは?また緩かったから厳しくするというのはいいけど、厳しすぎだろ」
諸葛「今まで緩すぎたから恩恵は媚びと取られかねない。それでは互いのメリットに繋がらない。
    またちょっと厳しくしたくらいじゃ人心は改まらないだろうからこれでおk」
法「なるほど。おっしゃるとおりだ」

こんなやり取りだっけ。

640 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/29(土) 17:30:22
・前政権の否定と新政権としての大衆へのアピール
・法正との政権運営者としての意思疎通

両方を同時にやった素晴らしいプレゼンだな

641 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 04:34:04
>>638
諸葛亮は軍師将軍・署左将軍府事
法正は尚書令・護軍将軍
位は法正の方が上
実質中心は諸葛亮なんだけどね

642 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 05:37:59
内政の中心が孔明で外交戦略や戦術の中心が法正だったのは明らかな事実
劉備が居た時孔明は内政補給専門だし

643 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 12:38:34
>>>642
「外交戦略や戦術の中心が法正」ソースキボン
組織のNo.1(劉備)とNo.2(諸葛亮)が出来かけて、
誰ができたての国をまとめるのかと
法正にそんな求心力は無いよ?

644 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 12:47:18
>>641
漢中国(蜀)だけの尚書令と、劉備の軍全体の留守居役。しかも同じ将軍。実質だけじゃなく位も諸葛亮の方が上とみていい。
尚書令の名に騙されてはいけない

645 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 14:05:13
>>644
この時点では漢中王にはなっていない、漢(曹操)の御墨付きかどうかの差はあるとは思う
劉璋系の柔和政策(裏切りの御褒美)の一環である功労人事だとは思うが
制度上、官職としては上
法正は優遇されているので、もしも嫌ならNOと言える立場
この時点での問答で不仲説(性格の不一致)を唱えるのは違和感が大きい

646 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 14:41:45
>>645
法正が尚書令になるのは劉備が漢中王になってからで、もちろん漢中王国の尚書令のこと。
それ以前は蜀郡太守・揚武将軍で、諸葛亮と同等以下。

647 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 17:01:03
こうだろ
総理大臣&軍事大臣 劉備
外務大臣 法正
内務大臣 孔明
漢中総督 魏延
荊州総督 関羽

劉邦=劉備
張良=法正
消化=孔明
韓信=関羽&魏延など

648 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 17:12:51
法正は張良というより陳平だな

649 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 18:46:49
劉備ってなんで法正に頭が上がらないの?

650 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 20:09:28
>>649
劉備が蜀と漢中取れたのは法正の力によるところが大きかったから
ついでに劉備が持った唯一の参謀

651 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 20:12:31
約100レスの間賈クの話題なし

652 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 21:55:09
>>649
張松を首謀として法正達が裏切ってくれたから、
裏切ってくれなければ益州を取る事は困難を極めていた
諸葛亮の三分の計の恩人にもあたり、無道をしても
諸葛亮ですら咎められない
関羽張飛糜竺等、重臣等ですら自ら与えなかった諡を与えた

また、法正、劉備、ホウ統の益州討伐においての張松等の意思疎通に失敗し
張松を見殺しにしてしまうというアクシデントもあり
裏切ってくれて生き残った法正は特別となった。

>>648
ホウ統は?孫乾は?
諸葛亮は軍師だから参謀じゃないカテゴライズになるの?

653 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 21:56:05
>>652
失敗、>>648>>650

654 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 21:58:14
>>647
法正が外務大臣なんて、一番向いてない職じゃね?

>>646
すんません、確認しました。

655 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 22:31:41
法正より、賈クの方が各上

656 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 22:47:19
OK、じゃあ文和先生の話に強引に振り戻してみる。

208年、荊州に侵攻した曹操が、もしも文和先生の言っている通りに
劉備をガン無視して江陵確保に走っていたなら、その先の展望はどうなっただろうか?

657 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 22:58:57
かくかくしかじか

658 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 23:06:30
>>656
劉備と孫権が同盟を結ぶんじゃね?

659 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/30(日) 23:38:33
いや、あっさり蜀滅亡もあり得る

660 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/31(月) 00:20:43
いや、あっさり蜀が統一もあり得る

661 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/31(月) 01:25:37
それはない

662 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/31(月) 01:36:09
江陵をとる→曹操が生魚に当り死→呉、北伐へ→魏崩潰→北は米の飯が無くて孫権ホームシック→孫権ヒキコモリに→
呉崩潰寸前→引き蘢り対策第一人者の劉備が優しく孫権を社会復帰へ→呉感動的物語りに劉備に降伏→劉備統一漢王朝再興もあり得る

663 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/31(月) 10:07:02
謀臣は頭脳で主君の政略、戦略、戦術を助ける役割

664 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/31(月) 10:39:43
カク≧郭嘉>>法正>鳳統>>越えられない壁>>諸葛亮

665 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/31(月) 10:49:12
ふふーん

666 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/31(月) 10:57:11
>>663
戦略の定義を示したまえ
賈クが戦略で、法正が戦略で助けた事例を延べよ

667 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/31(月) 17:27:00
戦略とは戦争に勝つための体制作りである、戦術とは戦闘に勝つための作戦である。

謀臣は知恵を出し将を補佐する役目の頭脳職である。
劉邦における張良や陳平、曹操におけるカクやカクカなど、劉備における法正や他にも陳宮などがそうである。

ちなみに将とは総合職である。
頭脳だけに限らず万人を統率したり兵を喜んで死地に生かせる魅力や人を見る人事眼など
ひとつに傑出してるよりバランスよく優れているのが大事なのである。

668 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/31(月) 17:58:07
>>564
いつから法正は益州出身になったんだ?

669 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/31(月) 20:33:12
>>667
その定義ですと
天下三分の計により客将にすぎない劉備に
曹操と対抗する手段を提示、劉備に認められ若くして筆頭参謀となる
また、曹操に強襲され、壊滅状態から呉に同盟を結ぶという「奇策」を献策し、
見事困難同盟をまとめ、赤壁を勝利し曹操を追い払い
荊州に地盤を築いた見事な戦略を立てた軍師将軍諸葛亮は
名参謀ですね

というか張良って何をした人か知ってる?

670 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/31(月) 20:42:04
諸葛亮は紛れも無く名参謀だろう
全軍を取りまとめる立場にあった丞相の時期の方が目立つだけで

但し賈クの才知も捨てがたい
中央での立場などないに等しい西方の生まれで、
ただ一人中央で生き残った処世術はもっと評価されるべき
諸葛亮なら早々に隠遁に入ってるだろう

671 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/31(月) 20:43:17
ちょっとまて。
それ全部諸葛亮一人でやったとでも思ってるのか?
法正の手腕あったればこそだろう?

672 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/31(月) 20:58:53
>>671
三分の計を提案した時にも呉と同盟の策を献策したときも
法正はいなかったが?

673 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/31(月) 21:02:37
>>671
法正の手腕?
張松の手腕?



674 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/31(月) 22:08:44
>>668
つか俺書き込んだ直後法正伝見直したら他州の出身みたいで、あーこれ突っ込まれるよって思ってたんだけど
全然突っ込まれないから何なのかと思ってたんだよね。

675 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/31(月) 22:16:16
益州出身じゃなくて、「益州では」としているので
問題ないと思ってたんだが

676 :無名武将@お腹せっぷく:2007/12/31(月) 23:11:46
そっか、まあニュアンス的には間違いでもないのか。豪族ってのが適切でないだけで
豪族かどうかが話の焦点じゃないしな。なんにせよろくに確認もせず申し訳中田

677 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 00:02:03
あけましておめでとう!

678 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 02:14:19
ちなみに天下三分の計は、当時名士で言われてた当たり前の計で孔明の独創や戦略ではありません。
カイ通が漢楚の時韓信に説いたのも天下三分の計です、呉における天下二分の計もその一つです
孔明はあくまでも内政家で戦略や戦術家ではありません。

679 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 02:30:54
>>978
何故諸葛亮が筆頭幕僚になれたのですか?
プランとして劉備にプレゼンテーションを通し
劉備の幕僚として筆頭の地位を得ることができたのです
もやもやとした想像はアイデアですらない妄想です
ディスプレイできるかどうかが戦略家かどうかの分かれ目です
また、呉の二分の計は呉の為を戦略目的としており
客将である劉備のための戦略目的ではありません。
戦略目的が違うものが似通っているからといって類似性を指摘することは
君が戦略を理解していない証左となるのではないでしょうか?


680 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 02:31:04
また極論野郎が来ましたよ

681 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 02:35:09
諸葛亮

682 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 03:26:55
天下三分の計は計でも何でもありません。
当時の状況からすれば、魏と呉に劉備勢力が加わる以上3勢力になるから当たり前の話です。

683 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 03:33:54
>>679
なぜ孔明が筆頭になれた?

答え

孔明はもともと荊州の名士で荊州の士大夫人脈の筆頭です、荊州を治める為には当然荊州の人脈が必要なのです。
その荊州閥の総裁が孔明なのです、劉備がそういう人物を優遇しないほうがむしろおかしいといえます。

684 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 04:52:16
>>683
諸葛亮は荊州出身ではありません

685 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 04:53:40
>>683
天下二分の計もそうなりますね

686 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 04:54:58
というか諸葛亮が荊州閥の総裁で名家って
すごい知識だな、どこのソースなんだろう

687 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 05:31:15
名家と言うより名士だから、孔明は知識人に属する人間でその方面に人脈が広かった。
劉備はそれら知識階級との交際がないため孔明なんかをテコに人脈を広めた。
張飛なんかがそういう連中に差別されたのは歴史の事実だしね。

688 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 05:43:46
けっきょく、郭や法正にくらべれば孔明は内政面で優れてるけど軍事戦略では劣ってるってだけの話でしょ〜?

689 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 05:51:52
>>687
諸葛亮の資質や奇抜で不敵な言動は理解されにくく
友人二人だけが彼を認めていたとある
このことからも彼が知識人の中心人物であるという理論は無理がある
また、知識階級の長であったから、彼が任用されたとするには諸葛亮は若すぎる。
もしもこの若さで荊州の第一人者であるのであれば
その才能はどこまでもずば抜けていると言わざるを得ない
門地をもって任用されたのなら荀イクのように記述があるだろう
というか、そんなに名士なら自作農なんてやってないよね
人材を得るための中心人物だからというのであれば他に適任者がいるだろうし
まぁ隗から始める部分はあっただろうがね

690 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 05:57:26
>>688
賈クはまだしも法正の軍事的資質はほぼ未知数。
また二人とも軍を率いていない。
北伐の結果論で諸葛亮をけなすのであれば
強大な魏にいてなお、蜀をつぶせなかった賈クはどうなるのか

691 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 06:08:58
>>690
法正が未知数ってw蜀で一番に軍事戦略戦術で実績あるのが法正。
蜀とりも漢中とりも法正の献策や立案が大きく功績を占めたのは事実。

692 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 06:11:13
法正ってどうやって死んだんだっけ?
夷陵で戦死?

693 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 06:13:13
>>692
その前に病死。

694 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 13:34:51
>>691
なんども繰り返すけど
正史では5漢中戦で、どのような軍事作戦があったのかはわからない
余人が見抜くことができるレベルの作戦ではある
酷評される軍事資質
そもそも漢中は鶏肋
で、他は?
というより諸葛亮の軍事能力を低く見すぎだと思うがな。

695 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 15:30:01
漢中取りって黄権伝だと「全て黄権の策によるものである」と書いてあったやうな。

696 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 19:47:34
黄権がどれだけの能力か今一わからない。
何せすぐ魏に投降したからなぁ。

697 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/01(火) 20:31:46
貢献は戦術は優れていても法正のような戦略眼はないとおもうね

698 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/02(水) 00:36:34
何故諸葛亮の軍事能力が法正を上回ってると言えるの?

699 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/02(水) 05:20:12
そもそもさ、「軍事能力」って何を指すの?
奇策や計略を献策して敵に勝つ能力?
それとも、軍を統率して運用する能力?
前者ならカクや法正のほうが上だろうけど、
後者なら諸葛亮のほうが上じゃないかと思うんだけど。

700 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/02(水) 12:52:47
>>697
法正の戦略って何?

>>698
>>680

>>699
軍を動かす力、あるいは作戦企図能力
前者、賈クならまだしも、法正の奇策って何?

701 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/02(水) 12:59:50
ちょっと前にいた法正の行ったことは諸葛亮ら余人で行えるといってた人だと思ったんだけど違うの?

702 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/02(水) 13:05:11
>>700
結局のところ、曹操の発言が法正の評価を上げてるんじゃないかな
劉備は自分と同等だが、策を思いつくのが遅いみたいな評価
→漢中戦後に劉備一人で出来ることではない、誰か知恵を付けているものがいる
→諸葛亮が自分では止められないが、法正なら劉備を止めれた
→法正健在時は劉備が少なくとも軍事に関しては最も信頼していた腹心
→そういった事から曹操が言っていたのはおそらく法正
→法正の軍略凄い

みたいな流れに思うんだが
ましてや、蜀は魏や呉から領土を奪った実績がこの漢中しかないからね・・

703 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/02(水) 13:15:07
いや、北伐で何度か一時的に奪ってるけど

704 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/02(水) 13:17:18
大軍が強襲してきて軍が壊滅寸前
そこで、兵をほとんど使わずに領土を得るという
逆転する奇策を成功させたんですけどね

705 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/02(水) 13:19:56
法正は諸葛亮に毒殺されたらしいね

706 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/02(水) 13:26:42
>>702
曹操の褒め言葉は益州制圧して、少なくとも曹操と対立できる
戦力を整えたのをまとめて言ってるんじゃないかな?
法正は劉備に大きな貸し(裏切ってあげたこと)がある為
無道も許されていることからも本当に頭が上がらないようだ
そんな法正なら劉備を動かすことができるかもしれない
軍事についても、連れていくのは法正の居場所がないからかもね
というよりも法正の軍事はほんの短い記述で
わずか1戦しかないことでほぼ未知数、ただし余人で替えがきくもの

707 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/02(水) 14:00:19
クロコダイルキラー賈ク

708 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/02(水) 14:21:11
だから余人で替えが利く根拠をと
ほんの少ない記述しかないのに何で言い切れるの?

709 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/02(水) 18:01:20
漢中攻めに関しての旧益州組の活躍は
「軍閥内のバランスを取るため」としか思えない印象がある。
益州にいる以上益州での求心力のある人物を軍内で立てねばならなかったろうし。

あと、賈クが「呉蜀を併呑できなかったから諸葛亮の仕事に及ばない」とされる向きがあるけれど
これもやはり↑と同様の理屈だと思う。

710 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/02(水) 18:08:34
>>708
黄権って知らない?
正史読んでみなよ

>>709
劉備は新規登用者をまず使ってみることから始めるしね

711 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/02(水) 21:38:01
余人でも替えがきくってまさに孔明のことでしょw
法正死後蜀は戦争にまったく勝てなくなったが、孔明の代わりはショウエン、費イ、トウインといた、現にこの三人が生きてる間蜀はまったく隙がなかった

孔明はシバイに機を見れない、策は多いが実行する決断力がないと評されてるのに対し

法正は蜀とりを見事に成功させ、戦後は許靖を登用するように劉備に進言し蜀の人心を治めたり
蜀科を作りもするなど政治家としても見事な献策と実力を発揮してる

その後も優れた戦略眼で漢中攻略の時機と成功を見極め進撃を進言し、戦術面でも黄忠に策を与え魏のカコウエンを討ち取ってる
本戦では曹操を敗退させ曹操さえうならせる凄み

死後は劉備から唯一号を与えられ、孔明も自分より凄い法正さえ居ればと言うほど

曹操、劉備、孔明全員がその実力を恐れた敬った最強の頭脳の持ち主が法正

712 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/02(水) 23:14:31
孔明はビスケットが好きだからな。

713 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/02(水) 23:47:39
賈クは保身にかけては超一流。
結局、張繍は曹ヒの代になって冷遇されてるのに自身は大出世。
張繍に降伏を勧めたのも自分の為と言われても仕方がない。

しっかり空気は読むし、頭は良かったと思われ。
諸葛亮はそういうセコさに欠けるよね。

714 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/02(水) 23:53:26
ノブヤボで言うところの細川幽斎のようなタイプかもしれんな。
持てる力すべてを野心を満たすために使えばそれなり以上の勢力の主にはなれたかもしれんが、
実際は持てる力のすべてを護身のために使い、乱世にありながら栄達と平穏な老後を手に入れた。


715 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/03(木) 00:11:41
賈クは献策も相手を貶める様なものが多いし、
群雄とか、一軍を率いるタイプじゃないかも。

劉曄と同じタイプじゃね
ま、護身に成功した点で賈クのが上かな。

716 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/03(木) 01:38:05
>>711
法正の軍事的才能に関してのみ余人でも可能
あの時点で劉章を裏切って劉備に乗り換える冷徹な打算は
余人ではできない個性であるとは思う
諸葛亮の功績はどの分野においても余人では不可能。
彼のように公平で清廉でなお才能豊でなければ
劉備死後蜀は崩壊していると思う。
北伐も諸葛亮であるからできた事、たとえば
野戦の蜀で有数の資質を持つ魏延であれ、
烏合の集である蜀の北伐を行うには完全に貫禄不足
派兵できない軍隊は戦争以前の問題だしな

717 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/03(木) 03:38:39
諸葛亮の才能とやらが伝わってこない。
後世に脚色されたものでは?

718 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/03(木) 09:57:58
>>710
いやだから諸葛亮や黄権が優秀なことぐらい知ってるって
法正の事績が余人ですまされる事についての根拠は?

719 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/03(木) 11:05:27
>>716
魏延でさえ不可能?、魏延いかのキョウイ程度でも北伐はやってるから
孔明の変わりは死後ショウエンがこなしてるし

720 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/03(木) 11:34:24
>>719
はいはいw

721 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/03(木) 12:50:20
716
 ↑
反論まであと○レス

722 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/03(木) 15:57:46
ノートパソコン3万円

723 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/04(金) 00:11:05
>>722
どんなノートだ?

724 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/04(金) 10:09:08
諸葛亮と竹中半兵衛が被るのは俺だけ?

725 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/04(金) 15:03:38
>>723
シナ製だろ

726 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/04(金) 22:10:15
賈?は凄い
張繍と天下を取れたかも知れん

727 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/04(金) 22:13:34
郭嘉の方が凄いだろ

728 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/04(金) 22:43:29
ゴリラの方がすごいよ。

729 :曹豹(2版):2008/01/04(金) 23:29:03
まあみんな俺ほどじゃないな

730 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/04(金) 23:36:21
>>717
大軍が迫っていて大ピンチを大逆転する奇策を行い
ロクに兵を使わず、根拠地を得た

>>718
法正の「軍事的資質は」とただし書きをつけている
黄権は法正の作戦をズバリ適中させた、って正史は読んでる?
あとは>>629
蜀科は法正の疑問を諸葛亮が答えるなどしており、
中心は諸葛亮な

>>719
劉備死後、諸葛亮が再起動させて纏めなおしたからこそ可能
曹魏も劉備死後、自壊するもんだと思っていたので
攻められてビビってる

>>

731 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/04(金) 23:37:42
訂正>>629>>679

732 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/05(土) 00:33:34
>>730
奇策を行ったのは諸葛亮ではなく魯粛だな


733 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/05(土) 00:47:39
>>730
軍事って何も戦術だけじゃないよ、黄権がこなせるのは戦術規模のもの程度でしょ
法正のように戦争全体を企画し作戦化でき成功させるほどの才能は無いだろ
あれば劉備は陸損に大敗してない

734 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/05(土) 01:05:18
>>732
魯肅は呉の人間、別に劉備に計を授けたわけでは無い

>>733
黄権の進言は聞き入れられていない(劉備は黄権の降伏を非としなかった)、
夷陵において「法正なら」としているのは
法正の恩(劉璋への裏切り)により劉備の頭が上がらない状態であるという特殊な立場の為」
また、夷陵における劉備の陣立ては感情的になっており、お粗末な状態、誰もが疑問としている
感情的な劉備を説得できるかどうかの問題

735 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/05(土) 01:15:59
>>734
法正は漢中攻略後文官筆頭、尚書令になった。
諸葛亮は雑号の軍師将軍、左将軍軍補佐のまま昇進せず。

ただ法正の恩(劉璋への裏切り)により劉備の頭が上がらない状態というには、
両人の待遇には明らかな差があるのだが、この点についての見識を聞きたい。

736 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/05(土) 01:22:29
>>735
これは自分もそう思っていたが
ココでの議論で理解したのだが
漢中王の尚書令
漢王朝の軍師将軍、左将軍府事
糜竺は問答無用で高位だけどね

737 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/05(土) 01:31:02
劉備って左将軍と漢中王を同時に名乗ったの?
漢中王の尚書令ってこじつけじゃん


738 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/05(土) 01:36:24
そもそも軍師将軍って雑号、漢の官爵にはなかった。
尚書令とは同格以上にはならないと思われ。

739 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/05(土) 01:40:18
>>737
とくにこじつけでは無いな
漢中王で「丞相」でなければ中央人事に偽証するにしても系統が違う
漢中王になってからの尚書令、難しい理屈ではないと思うが?
益州関係者への役職を増やしてのバランス人事
左将軍は漢王朝からの正式任官なので御墨付きもある

740 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/05(土) 01:42:09
>>738
左将軍府事が実質的な意味を持ち
軍師将軍は功績による箔付け
だって左将軍府事よりも高い位を任命できないから

741 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/05(土) 01:52:09
>>735
法正が尚書令になりうるのは劉備が漢中王になってから
このとき劉備は左将軍から大司馬に自称をレベルアップしているから、
諸葛亮は軍師将軍、署大司馬府事ということになる
漢中王国の宰相と、荊州を含む君主である劉備の全軍の事務方の長では、権力、権威はどちらが上かは判断できないな
諸葛亮はむしろ関張クラス以外ではこれ以上ない出世をすでにしているので昇進しなかったようにも感じる

>>737
逆だ
漢中王の尚書令じゃなかったらただの名誉職
皇帝ははるか遠くにいるんだから、皇帝の尚書令の方が無意味だろ
漢中王の尚書令なら宰相職だ

>>738
○○将軍を全て雑号将軍でひとくくりにするのは間違い
輔漢将軍など一部の将軍は明らかに他の雑号将軍とは格が違っている
軍師将軍もおそらくその一種
劉備による諸葛亮の特別扱いの一例と見るべきで、少なくとも劉備政権内では軍師将軍は高位だったと思うよ

742 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/05(土) 01:58:04
>>741
おう、件の人か?
この軍師って意味合いはなんだんだろう?
なんか後漢末期になっていっきに流行ってる気がするのだけど
教えを請いたい

743 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/05(土) 02:05:27
>>742
推測交じりだが、参軍事よりずっと高位の参謀という感じじゃないかな
諸葛亮の場合は劉備の参謀(その他大勢ではなく、周の文王に対する太公望のような、文字通りの軍師)なんだろう

744 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/05(土) 02:25:33
任官は諸侯、王の旧例により執り行ったようだから漢中王の尚書令で間違い無いと思う
序列は漢中王推薦に諸葛亮が先に来ているので法正より上で良いだろう

745 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/05(土) 02:27:08
>>743
劉備が必死に諸葛亮の地位を上げる努力をしているって感じだな
後漢で、既に現代に近い軍師の意味になってる感じなのかね

746 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/05(土) 03:15:58
軍師も参謀も意味は同じだよ役職名なだけで

747 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 00:06:49
んなバカな

748 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 00:22:00
三国志で最も活躍したのはジュンイクだろうな

749 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 00:59:55
曹操じゃね?

750 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 02:06:13
もしも自分の目の前に諸葛亮やカクが居たら
威圧されまくって涙目になる自信がある
諸葛亮の方がやや安心できる気がするが泣くかも

呂布が目の前に居たらそれだけで死ぬと思う>自分

751 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 02:15:12
文和先生はおそらく危害を加えられない限り誰にも危害を加えないだろうので安心。
呂布はまだ話せば分かる気がしないでもないが、劉備と同席するのは絶対に嫌だな。

752 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 04:26:20
同席しても
呂布に目があったら、その場で死んだと思う
文和先生がトイレに立ったらなんか殺される!と思う

753 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 04:32:45
参謀も軍師も同じ、近代に入り軍隊を統率する人間と作戦を考える役目が明確化され
作戦のほうを担当するのが参謀と言われるようになっただけ

754 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 05:23:56
何を言っているんだ君は?

755 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 09:13:59
軍師は君主が常に頼りに出来る(している)「頭脳」で、
参謀は実際に軍を率いたときに、その軍勢における「頭脳」だと思ってる。
我ながらなんかゲーム脳的な考えだけど。


ところで、結構前の辺りで「孔明が曹軍に入ってたら」っていうイフがされてたけど、
その逆だったらどうなのよ。
「もしもカクが劉軍に入ってたら」。

ところで俺の個人的な考えだけど、カクは逆転型の人間で、孔明は迂回型の人間だと思ってる。
カクは自分から攻めるのはそう得意じゃないけど、ある状況を打開することに長けている。
孔明は自分(ないし自軍)だけで攻略する力は薄いけど、第三者の介入を利用して勝つという事に長けている。
そんな感じだと思うんだ。
ついでに言えば、シュウユは直接型(つまり、面と向かった相手を倒すのは得意だが、第三者の介入があると途端に弱くなってしまう)
だと思うし、シバイはカクと同じ逆転型だと思う。

だから、「第三者の介入」を得意とした孔明は(荊州の一件だけを見れば、)シュウユの上をいったし、
「第三者の介入」がなければ上手くいかない孔明は、「打開する事に長けている」シバイに結果負けているんだと思う。



756 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 10:39:51
誰がトルネードになるのか


757 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 10:40:19
野茂

758 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 11:34:26
>>751
一番危険なのは孝直先生です!
くれぐれも失礼なことをしちゃいけませんよ

759 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 12:47:49
>>758
孝直先生はあれでも常識の範疇で行動しておられるが、
劉備3兄弟相手だと何が理由で殺されるとも限らんですよ。

760 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 12:48:16
>>755
カクは負け組みにはつかない男だと思う


761 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 13:23:15
>>759
た、確かにそいつらよりはかなり楽ッス
曹丕も同じくらい勘弁してほしいッス
自分で上司選べるならこの時代なら周瑜か呂蒙がいいな

762 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 14:21:58
>>755
つーか孔明はショウカタイプだよ、国内を整える内政能史型
周喩は将軍タイプ、カクは謀臣タイプだし

韓信=周喩
張良=カク
ショウカ=孔明

763 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 15:25:09
>>762
三人揃えば天下取れたな…

764 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 15:37:40
>>762
賈クがどんな大戦略を立てたか教えてくれ
んで、張良がどんな事をやった人物か知ってるのか?
賈クは陳平だろう。
あの危機管理能力と機転、勝ち組につく計算高さで転向組、そのまんまじゃねーか。

765 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 15:42:57
スーパーミラクル戦略

766 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 15:54:26
>>764
張良も陳ペイも同じ謀士タイプだよ持ち味は違うけどね、孔明のような行政家じゃない


767 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 16:04:36
三国志の人物をタイプで分けると
将、将軍タイプタイプ=曹操、劉備、周喩、関羽、陸孫

戦略、謀臣タイプ=カク、法正、カクカ

内政、能史タイプ=孔明、チョウショウ

768 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 16:14:34
>>764
という事は、カクは丞相をこなせる政務の才と主君の立場を危うくするものを取りのぞく義心と知略の持ち主という事か

769 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 16:23:29
>>766-767
諸葛亮が認められたのは戦略家としての識見、これは正史にも掛れた史実
逆に賈クがどんな戦略を立てたのかまずは出すべきだろう
局地的な戦術立案が主だというか。
管仲に並び称されているところでただの行政官で無い事に気付くべきだろうと思うがな
もちろんだが、荀イクも戦略家
荀イク諸葛亮が行政を担当しているのは筆頭家臣の為
これは蕭何も同じ。
だから張良がどんな軍師であったか、もう一度読みなおして
諸葛亮の功績と比べてみるといい

770 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 16:25:12
>>768
あるんじゃないかな?
もちろん、多少は犠牲(君主含む)が出ても
風が止むまで無視する保身技術の持ち主

771 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 16:30:21
ここのスレの多くの人が思い描く参謀(謀士)の姿は陳平
読めば「張良より陳平の方が頭が良い」なんてのを言い出すことだろう
ただ、なんで三桀に陳平ではなく張良蕭何であったか、ちと考えた方がよろしいのでは?

772 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 17:16:44
>>769
諸葛亮が認められたのは戦略家としての識見 ←ここ詳しく

773 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 17:35:02
>>772
三分の計はあまりにも有名で
行政手腕も何も無い状態で青二才の諸葛亮を劉備がスカウトしている
たいした門地も無いから、必死になって劉備は諸葛亮の立場を強化したり
古参の部下を説得している

774 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 18:35:13
>>773
三分の計は当時の知識人の中で論じられてきた。
諸葛亮のオリジナルではない。

775 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 18:40:26
孔明は最初からあくまでも文官として登用され使われてるよ
天下三分の計は当たり前の策だし
徐庶も演技だと戦略家だけど事実は文官だしね

張良はどう見ても戦略家だし孔明とまったく違うタイプだよ
孔明は張良じゃなくショウカに並ぶと評されてるし

776 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 18:43:00
>>773
孔明は荊州の知識人の中で元から有名だよ、孔明の兄の均も呉にスカウトされ使えてるしね

777 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 18:43:21
諸葛亮が劉備に仕官した時、劉備配下の人物は多くなかった。
関羽・張飛・趙雲・簡雍・孫乾・糜氏の兄弟などのみであり、
諸葛亮は重要視されたというのは自然。

だが、その後も同様に重用された保障はない。
諸葛亮は益州攻略、漢中攻略に功は無く、
法正の下とされたという可能性は十分ある。

778 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 19:01:12
>>777
頼むから諸葛亮伝くらい読んでから語ってくれ

779 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 19:11:42
ちなみに孔明と並び評されるホウ統に対する評価は

「人物評価・経学・策謀に優れ魏で言うならジュンイク」

戦略家としてより政治家として評価されてます。

法正は
「並外れた計画・術策を持ち、事の成功と失敗をはっきり見極め、魏で言うならテイイク・カクカ」

並外れた作戦能力、それを実現する為の手練手管、先々を見通す眼力の鋭さを指摘されてますね。
やはり政治家としてより戦略家・戦術家タイプとして評価されてる。

780 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 19:14:48
>>778


781 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 19:17:01
もう法正とカクカを比べりゃいいじゃん

782 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 19:28:43
>>780


783 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 19:30:03
>>782


784 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 19:30:24
>>783
??

785 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 20:01:02
>>774
であれば、何故若造の諸葛亮のみを重用するのか?

>>775
劉備が三分の計を聞いて喜んでいる理由は?
また、他の人物で三分の計で登用されていないのは何故?
諸葛亮はなぜ軍師なる武官職なのか

>>776
諸葛亮が才能があると有名だから盲目的に
劉備は重用したと?

>>777
益州は諸葛亮等の援軍で納めていることは御存じ?
なぜ漢中攻略以後も位が法正より上なのか?
また、この時期、劉表が猜疑を抱く程、
劉備陣営の人材は増えていることはごぞんじ?

>>779
国家戦略の頭脳(シンクタンク)が政治家なのは当然でしょう
むしろただの軍人であれば扱いは低く、軍師などと呼ばれないでしょう


786 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 20:15:57
>>785
重用してない、武官でなく文官として、法正黄忠の方が功が上
って言ってんだよ
ズレてんのよ。論点が。

787 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 20:19:05
>>785
コリャ完全な諸葛脳だわな全部論破された事を何度もw

諸葛亮を優遇したのは何度も書かれてるでしょ、名声、人脈、文治の才のため

三分の計自体を劉備が喜んでるかどうかなんて内心知らんし、単に劉備が知識階級との接触がないため知らなかっただけかも知れんし、どちらにせよ独創でもなんでもない
もっと言えば諸葛亮を誉めて見せただけかもしれん、劉備に天下の一翼を持たるという気概を持ってる人間がいるのは普通に嬉しいだろうしね

孔明は荊州をのっとれなんて言ったりしても劉備に無視されてる、援軍や補給は最初からの方針でしかない

軍師なんては役職名であって武官と言うわけではない、漫画やゲームで使われるのと違います

788 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 20:23:25
そもそも孔明は管仲・ショウカと称され政治を上手くおこなったと評されてんのに

むりやり張良・陳ペイにする意味がわからん、カクは張良・陳ペイタイプと評されてるけどね

孔明は軍事戦略・戦術面で評価されたことなんてないのに

789 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 20:34:59
劉備諸葛亮の評価の高まりは、
シュウサクシの『漢晋春秋』からと言われてる。

東晋正統化のため。

790 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 20:35:48
>>786
武官職で、戦略家として評価されていると言っているわけで

>>787
ビックマウスの諸葛亮を評価したのは友人二人だった
「名声、人脈」から程遠い人物と言える
また諸葛亮は仕官経験も無く行政能力は未知数、何を根拠に評価したの?
誰もその三分の計で劉備に取り立てられておらず
独創でも無い戦略で正史において多くの分量を割いているのは
陳寿が資料を漁ってないからか?
心配しなくても武官職だよ、兵も率いたし

>>788
国家戦略は政治でしょうに、政治家と官僚の違いは大きいんだが
天下の鬼才は、文官として褒められたの?
機動戦を得意とする司馬懿が追撃戦で敗北していらい
貝になったのは何故?

791 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 20:37:15
>>789
あの簡潔な文章で有名な正史でかなりの文言を費やし
現君主に敵である宰相を見習えと言う陳寿の諸葛亮贔屓は?

792 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 20:53:00
当時、国家戦略は軍事主導じゃね
劉備軍は軍閥でしょう。
そもそも戦争は政治の一手段って考えは近現代以降だと。

793 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 21:00:55
>>792
その軍閥の政策担当秘書になった諸葛亮は文官?軍人?政治家?
というより軍閥を率いる劉備は軍人?政治家?

794 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 21:07:44
陳平だとか張良だとか諸葛亮ほどの人物を他人に照らし合わせてしか評せないのか

795 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 21:09:42
>>791
司馬懿の軍事的功績は、公孫氏の討伐と諸葛亮を防いだことだから・・・
諸葛亮贔屓は必然。

それが裴注にも引かれている漢晋春秋では
晋は蜀漢の正統を受け継いだ王朝と位置付けられ、
正潤論とともに劉備諸葛亮評価は急上昇。

高くなりすぎた諸葛亮評価は方向を陳寿批判へ。
唐代の晋書では「陳寿が諸葛亮を故意に貶めている」
劉知機は史通で陳寿を「史家の中の奸賊、文章家の中の凶人」と酷評。

元代には南宋擁護の論に盛んに蜀漢正統論が用いられ、
三国演義の完成へと至る。

796 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 21:17:45
>>794
違うよ、張良という人物がどのような仕事をした人物か知らない人が多過ぎる為、
軍を率いるのが下手な凄腕政治家だってことすら知らなそう
例えば>>767への反論

>>795
陳寿の高評価、晉においての高評価が無ければ正潤論に至らないわけで

797 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 21:35:18
『三国志』の諸葛亮伝以外の
三国時代の人物(陳寿以外)による諸葛亮への直接の評価が窺える記述は
@張裔伝 A劉曄伝 B夏詡伝 C魏延伝

加えて『晋書』宣帝紀
呉の張儼の『黙記』

798 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 21:45:38
>>791
そういえば晋代蜀出身の人材が軽視されたため、
諸葛亮を持ち上げることで、蜀出身者の登用を願ったって説があったよ。
オレは信じてないけど。

799 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 21:54:46
>>793
荊州では南部の統治に出たり、益州攻めでは留守番から増援の将の一人になったり
政治家で軍人

800 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 22:01:08
>>793
劉備の生前没後で役割が大きく異なるだろうね。

801 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 22:10:02
歴史って不思議なもんで、三国志知って間もないころは諸葛亮神!とか奉公さんが長生きすれば・・・とか思うもんだが
いざ知識が深まっていけばいくほど暗愚だと思ってた人物は意外とそうでもなく贔屓目で見てた奴の欠点に気づくんだよな
結局戦の強さも頭の回りも数値じゃなくて相性なんだよ

802 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 22:16:48
散々批判してきたけど、おれ諸葛亮のこと好きだぜ・・・
能力如何以前に「出師表」に感動する。
羅貫中も好きです・・・

803 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 22:36:38
俺も諸葛亮のこと好きだぜ
ただ曹操のことも賈詡のことも司馬懿のことも好きなだけなんだ

804 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 22:44:56
>>801
振れ幅がでかすぎて
神→>>787にまでなる。
偏見で、無理矢理貶めるような読み方じゃ無くて
バランス感覚をもって歴史に触れて欲しいと思う

805 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 22:54:13
田代まさしは神となった

806 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 22:54:22
>>804
ちょwww
名指しはあかんてw
いい雰囲気台無し

807 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/06(日) 23:51:54
諸葛亮は普通に内政能史肌だから
孔明を評価してる人物でも評価は忠臣、内政面がほとんどで
軍事面で誉めてるのはいない芝居が死んだ後布陣を誉めたぐらいで

そもそも孔明が有名になったのは魏に攻め込んでからだし
それまでは魏も孔明なんてほとんど知らなかったでしょ

808 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/07(月) 00:18:05
孔明や関羽が評価されたのは忠誠心が高かったからでしょ?

809 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/07(月) 07:22:17
>>807
蜀で知られていたのは劉備と関羽(張飛)のみ
その二人が死んで軽く見られていた所に
まだ人材がいた事に驚嘆された。
内政能吏とかそのような話し以前の問題

>>808
忠誠心もさることながら
どちらかというと瓦解するはずの蜀が延命した事を高く評価された
代理君主能力(公平な人事と豊かな戦略能力)
批判されるは軍事能力より内政能力、自らを頼りすぎ過労に陥る
関羽も忠誠心はもちろんのこと万人の敵としての名声

810 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/07(月) 07:41:25
関羽は叛臣

811 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/07(月) 14:56:32
>>807
孔明はもともと荊州で有名でしたよ
劉表一族に連なり、魏の高官とも文通してた

>まだ人材がいた事に驚嘆された。
中国でありがちなオーバーな表現。
孔明が居たから驚いたんじゃなくて、(劣勢なのに)攻めてきたことに驚いた

812 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 01:02:35
孔明を美化する人は創作された孔明像を真実と思い込んでんでしょ?
孔明が戦略家なんてわらカス、策士ともいえないし
どう見ても生真面目な正統派の官僚政治家じゃん

813 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 01:06:03
>>807>>809>>811
有名の基準を定めてくれ
どの程度認知されてたら有名といえる?

814 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 01:24:38
>>811
冷静に考えろ、アメリカ大統領の親戚の親戚は有名人か?
そりゃ仕官すれば考慮はされるだろうがとても有名人とは言えない
1)
他君主の仕官の要請が無い。
荀イク郭嘉魯肅周瑜張昭は知恵者と呼ばれる人間のエピソードの一つに
ダメな君主は断って、英雄に仕官するという思慮遠望を示す
諸葛亮にはこれが無い。
(賈クはこの点逃げ足に自信が有るのかほいほい仕官する)
2)
同じ境遇のホウ統がやはり仕官に苦しんでいる。
3)
ビッグマウス故に認めてくれるのが友人や先生だけ
4)
若過ぎる

この三点により諸葛亮が名声(人脈豊富)があるから、
仕官の要請が来たという論を展開するのは難しいだろう

>>812
これは釣りだな

815 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 01:49:04
袁術に仕えようとは思わなかったんだろか

816 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 01:55:28
>>814
ほんと孔明脳だな〜都合のいい脳内世界に逃げすぎw
孔明が優れた戦略家である実績も評価も一切ないのに、孔明オタの脳内と演技の創作世界のみで天才的な戦略家あつかいされる

孔明が優遇された理由は劉備に取り入ったからの一点のみだよ
魏や呉は孔明の代わりの人材なんてはいて捨てるほどいたからね



817 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 01:58:47
>>816
これも釣りだと思う
なんか何回も同じ事聞いてる

818 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 02:39:43
>>817
現実逃避はいたいよ

819 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 05:14:08
三顧ってどうなんだろうな
あれ自体仕向けさせる壮大な計略だったのか
出師自体ねつ造した内容を盛り込んで利用したのか

820 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 07:28:45
>>819
そんなに壮大なものじゃなくて
留守だったのに、怒らずまた来てくれたので嬉しかった
ぐらいに、そんなに特別な事じゃ無いのかもね
劉備わりと暇な時期だし

>>818
はいはい、三分の計、三分の計

821 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 08:23:59
>>819
正史にある自分から劉備に会いに行ったってのが最初の出会いだと思う
あれに感銘受けた劉備がちょくちょく孔明の庵に足運ぶようになったのを脚色されたんじゃないかと

822 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 08:34:32
>>821
出師に書いたのはしょくの人に対してのアピールなんかなとかそんな程度の話なんで気にしないで

823 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 08:48:41
三顧の三は複数、数回という意でも使われてたんじゃなかったか?

824 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 08:53:33
>>823
そういう解釈もあるね
三回頼んでやっと引き受けるってのは仏教の説話でよくみかける
ミロクやシャリホツが釈迦に教えを乞うたときとか

825 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 09:00:12
三顧の礼=劉備諸葛亮だけというわけでもないしな

826 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 09:03:33
頼むのに苦労しないとやって(教えて)くれたことの重みがわからないからってことからの慣習みたいね

827 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 17:34:31
慣用句みたいなもんか

828 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 17:54:01
いち、に、たくさん的な表現なんだろう。

829 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 17:56:40
>>827
でも経文読んだら釈迦はマジで断ってからしぶしぶ引き受けてるからな
慣用句より儀礼に近いんじゃないかね
禅譲は一回断る、みたいな

830 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 18:33:56
三回だな
曹丕は禅譲を三回固辞したという逸話が残ってる
それが先例になって作法化したらしい

831 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 18:39:57
つかさ、このスレは諸葛亮の指揮能力の否定レスが低脳すぎるんだよ
評価するところがないとかあまりにも偏向的に過ぎる

832 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 18:42:02
>>830
簒奪ではないということを主張するためにわざわざ儀式化した可能性もあるね

833 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 18:58:22
三顧の礼は曹様の求賢令と同じで
当方、物凄く人材求めてますという感じかもしれませぬ

曹様の求賢令と劉備の三顧の礼とても対照的な感じが良いですね。


834 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 23:11:29
>>833
求める側は回数選べないからやっぱ求められるがわの意志だけで決まる(求める側がすんなり諦めるとかを除けば)んじゃないかな
ものすごくもとめてますってのなら備が「三回も行った」ってはなすことだし

835 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/08(火) 23:51:33
流れぶった切るようで悪いけど
曹丕の帝位簒奪に賈詡の意思は関係無かったのかな?
人物評では大抵風見鶏的な扱いだけどやってきた事を単純に列記すると
賈詡は最初から漢王朝滅ぼす気満々だったようにも…

836 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/09(水) 00:59:12
三顧の礼は>>833の言うようにパフォーマンスの意味が大きそう
だが、その対象を諸葛亮にしたのは徐庶のセールスの凄さなんだろうな
会って話して、すげーとか言ってる所を見ると、良く判らず出向いてる感じだし

>>835
その時期は位人臣を極めたので、もう失点が無いように
権力者に媚びず恨まれずとしてるので、意見は無さげ

837 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/09(水) 01:00:37
>>835
賈詡はもともと董卓の部下だもの

838 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/09(水) 01:50:41
>>837
董卓の部下というより涼州の人間は元々中国に対して独立運動起こしてたからね
でもカクは献帝救出の功績があるんだよな・・・

839 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/11(金) 00:47:38
あれは独立運動なのか?

840 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/11(金) 04:05:37
カクは王朝というよりその時の主人(上司)に最適な献言をしている。


841 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/11(金) 22:32:36
賈詡自身がどういうつもりだったかは良く分からないけど
少なくとも曹操は賈詡を自軍に入れる時にその経験を買ってそうな気がする
それより前に献帝が詔勅で暗殺未遂事件起こして以来
内心どうしてくれようとは思ってただろうし

842 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/11(金) 23:11:13
ルルーシュと諸葛亮はどっちの方が頭いい?

843 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/11(金) 23:22:51
>>842
頭の善し悪しってのはなにに使うかでかわる

844 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/12(土) 00:43:57
頭の善し悪しってのは小島よしおを笑えるか笑えないかで判る

845 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/12(土) 00:49:12
>>844は頭が悪い方だな

846 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/12(土) 00:50:36
それは孔明一人の力じゃないし皇帝から禅譲してもらってもいないわけで…
もう一人の皇帝孫権すごくね?ってならないかな

847 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/12(土) 00:55:39
>>846
それってなんだ?
ソンケンは勢いで皇帝名乗ったけど魏にびびって折れてたしな

848 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/12(土) 01:02:58
>>842
諸葛亮の功績は全部フィクションによる所が多いし、
普通にルルじゃない?

849 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/12(土) 01:03:42
>>848
ちょwルルはのんふぃくしょんなのかよww

850 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/12(土) 01:07:23
>>848
全部なのか多いのかはっきりしろw

仮に諸葛亮の功績の七割がフィクションだとすれば、三割の功績が事実なわけだよな?

ルルーシュの功績は十割フィクションなんだが

851 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/12(土) 01:10:15
>>849
>>850
ルルーシュは現在進行けいだからまだフィクションじゃないから。
春から二期始まるし。


852 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/12(土) 01:11:04
フィクションにそんな定義はないww

853 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/12(土) 01:23:51
この流れに笑った僕がいる

854 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/12(土) 06:43:35
>>853
俺ちゅんりー

855 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/12(土) 10:20:17

               }{  }{
    ∧  ∧      い  い
   / ヽ‐‐ ヽ   __  Y  Y  __
  彡      ヽ  \`'イ‐‐ イ'´/
  彡   ●  ●    l      ヽ
  彡  (      l   /  ●  ● 
 彡   ヽ     |   /   (     l   
 彡    ヽ    l  /    ヽ    l
 / `     ( o o)\ `    ( ▼)\
/ __    /´> _)_      /´>  )
(___|_(   /(___ヒ(      /<,ヽ/
 |       /    |       /  ´
 |  /\ \   .|  /\ \
 | /    )  ).  .| /    )  )
  ヒl    (  \   ヒl    (  \
       \二)        \工)

諸葛亮とルルーシュ

856 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/12(土) 13:56:30
>>855
それ亮じゃなくて兄貴だよ

857 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/13(日) 23:32:08
鹿は頭に角が生える夢を見た魏延か

858 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/15(火) 00:13:26
カク好きと諸葛亮好きがネット将棋で対決
勝った方の言い分が正しい訳です


859 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/15(火) 04:18:46
>>858
は?

860 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/15(火) 04:23:26
>>859
何か?

861 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/15(火) 05:11:32
>>860
はぁ?

862 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/15(火) 09:41:10
1.出たとこ勝負の将棋の対局の結果で将棋の実力の有無が測れるのか
2.将棋の実力が戦争の能力の有無とどう関係するのか
3.そもそも単なるファンの実力差でトップの実力が決まるのか

863 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/15(火) 10:43:43
>>862
は?

864 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/15(火) 11:28:08
858だけど無理があったごめん

865 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/15(火) 13:05:19
>>864
はぁ?

866 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/19(土) 20:31:49
法正が最強ってことでひとつ

867 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/19(土) 20:46:36
法正は魏において郭嘉に比されるが
比べた場合はちと差があると思うのだが
法正すごいんだけどね

868 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 04:29:08
テイイクとカクカふたりね、この2人を足して2で割ったタイプが法正
法正はテイイクの戦術の才とカクカの先を読む鋭さを持ってる


869 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 21:33:38
孔明は超一流の政治家であったが軍事に関しては三流

870 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 21:57:32
三流はちょっと言いすぎな気が。
一流と二流の間くらいが妥当。

871 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 22:13:26
孔明と法正セットでやっと一人前。

872 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/20(日) 22:41:54
一流司馬懿が、守戦重視の一流司馬懿が守る長安を落とせるかどうか

873 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/21(月) 13:52:58
諸葛亮が戦略家としても評価されてるのは、歴史の流れが結果的に
諸葛亮が劉備に献じた天下三分の計の形に向かって流れて行き、実現したからだと思う。
尤も、孫呉陣営における周瑜の死やその後の魯粛路線の採用等の幸運に助けられたって部分も大きいし、
劉備陣営が荊州と益州をともに領有してたのは十年に満たないけどさ。

874 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 00:32:00
孔明は戦略家として評されてないよ
消化、管中あつかいだし最初から政治家あつかい
戦略家として扱いたいのはここのエンギ厨の自演

875 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 01:16:54
お前の家の政治家は戦略立てないのか?
流石はゆとり大国日本

876 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/23(水) 01:18:10
>>875
更には戦略と戦術の違いが分からない子らしいw

877 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/26(土) 20:11:46
賈詡

878 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 12:32:35
ホウ統はどんなもんすか?魏でいうと旬イクらしいけど、それって孔明じゃないのか

879 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 13:24:42
>>878ホウ統は実際に戦場に出て参謀してるタイプだったから
曹操のとこでいくと郭嘉や夏クに近い

孔明は政治プランを立てたり行政をする人だったから
旬イクや鐘ヨウじゃないかな

880 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 13:56:57
ていうかスレタイの「頭が良い」ってのはどうゆう定義なんだ?
周ユのような目の前の戦にめっぽう強いタイプを言うのか
孔明みたいに戦を政治の一要素として総合的にメリットの大きいやり方を考えて勢力を動かしていくタイプを言うのか

それらを総合して考えるなら圧倒的に曹操なんだが。こう言うと厨って言われるしなぁ。

881 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 15:57:12
周喩は総合的に考えていく戦略家タイプだよ
実戦もでき統率もできたから将軍になれた
頭脳だけだったら軍師どまり

882 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 16:37:46
>>881
ゴメンゴメン。「内政と相談して政治的観点から見て軍隊を動かす」ってことを言いたかったんだ。
書き方がまずかったな。

周喩は軍事的プランをきちっと立てて行動してた人だけど
呉の内政の責任者は張紹だったから下の例には出さなかったんだ。

883 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 01:16:16
廳統の立場ならジュンユウかな。

一見鈍愚に見えて誰よりも深い叡智を内に秘めてる。

884 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 04:12:43
攻めの鳳雛、守りの臥龍

885 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2008/01/28(月) 05:55:37
ショウカもカンチュウも中国史上屈指の大政治家
両者ともに明確な国家戦略と軍事戦略の定見をもっており、歴史的な偉業を残している
チョウリョウ、チンペイは名作戦参謀で軍事戦略家でもあり、政治的識見も高かったが、影響力は軍事のそれに留まった

前者に比較される諸葛亮と後者に比較されるカク、求められる役割が違うのに、比べる意味が良くわからん
古代中国時代に近代的な郷土徴兵制や、明確な指揮系統と参謀組織を完成させた曹操の合理的発想が一番凄いと思う。

886 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 07:27:32
>>885
張良が軍事見識に長けた参謀とは初めて聞く見識だ
また、呂后の影響を排除した名宰相陳平を軍事見識に留まるという考え方は如何に?

>>884
その考えで行くと攻めの黄忠、守りの関羽張飛趙雲か?

887 :無名武将@お腹せっぷく :2008/01/28(月) 11:52:53
>>886
チョウリョウは、軍事戦略(軍隊をどこにどうやって進めるか?)等の相談をうけて立案してた
チンペイは、呂后の一件だけを見ると政治的配慮に長けているようにみえるが、それ以外では殆ど政治的行動を取っていない(人材推挙や配置転換等)、呂后の件も本当に政治的識見(根回し等)が高ければ、自分の得意な軍事的な解決まで決着をこじらせんかったはず。
少なくとも呂后の件は、自分は政治家としては呂后に劣っており(正確に言えば権勢や主筋の人間って事も行動に制約を受けていたと思うが)、自分の得意分野まで引きずり落とせるチャンスが訪れるのを待っていた
勿論待ちの姿勢を貫いたってのは非常に優秀な政治的能力だと思うけどね


888 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 17:40:50
パチパチパチ

889 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 17:54:06
『的』使いすぎ。

890 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 19:29:04
参考文献はマンガか?

891 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 20:36:41
三国時代の全国人口って確認できる限りでは後漢末から比べて十分の一にまで減ってたらしいからなぁ。
そんな厳しい時代に生まれて歴史に名前残したやつらの事を現代人のスケールで推し量ろうったってムリなのかもな。

数字でしか想像できないのも現代人の見方だが

892 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 23:20:18
>>887
張良の軍事的献策って盟を破って不意打ちしましょうとか?
それとも外交における、戦略立案?
というか張良は軍事参謀というよりも政治参謀だと思うのだが
また陳平はライバル宰相に政治力は自分より上と絶賛されたりしたんだが
政治力無いのか?

893 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 23:48:18
893です。

894 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 23:52:57
( ゚,_ゝ゚)バカジャネーノ

895 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 02:46:52
張良は政治、外交、戦略とほとんどの部分に関わってるだろw
ただし実戦家じゃないから軍師、参謀としてだけど
陳ペイも持ち味違うけど役割は張良と同じ

孔明の持ち味は内政家であって対外的なタイプじゃない

896 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 11:08:31
あれだけ戦争して、外交して、献策して
対外的じゃないって、どこの文献?

897 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 12:04:32
そもそも孔明が張良となぞらえられたことなんて正史はおろか演義の中ですらねぇじゃん。

898 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 16:44:15
演技ではあったんじゃ?
司馬徽が「姜子牙・張良に肩を並べる」って評したような。

899 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 23:50:24
>>898
自分の持ってる版にはそうした表現はないなぁ。

900 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 00:25:47
おいおいw 吉川三国志にも書かれてるぞ。
司馬徽と徐庶がそう評してるぞ。

901 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 00:53:44
>>900
発見。

902 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 01:01:22
解ればよろしい。

903 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 01:48:31
>>898-902
和んだ

904 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 02:30:11
荀イク、もしくは魯粛辺りとは比較しないのか?

905 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 12:30:36
蕭何型の諸葛亮と張良型の賈ク。土俵が違うよね。


906 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 13:15:45
むしろ、諸葛亮と比べるなら曹操じゃね?
役に立たない帝の下で政権を握ってたという意味で


907 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 18:38:23
>>906
献帝はなんの実権もなくて曹操の傀儡だったけど
劉備には蜀を動かせる権力があったから。けっこう諸葛亮の言うこと無視してるし

諸葛「劉表死んだし荊州ぶん取っちゃえば?」
劉備「今曹操と戦ったって勝てねえだろ、逃げんぞ」

諸葛「馬ショク賢いわー、使ってイイッすよね?」
劉備「あんなもん頭でっかちの戦ド素人だ、使うな!」

とか。諸葛亮におんぶに抱っこなイメージあるけど結構まともなこともいってるよ。
曹操も「劉備は頭回すのはトロいけどそれ以外は俺と同じくらいの人物だ」って言ってるし。

908 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 20:25:39
>>907
>>906がいってるのはどう考えても劉禅のことだろ

909 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 00:58:47
>>905
賈クの進言した、グランドライン
戦略を教えてくれ

910 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 03:51:10
>>905
賈詡は張良というより陳平なイメージがあるな
諸葛亮の能力云々はとりあえず抜かしておいて
タイプとしては蕭何型と張良型の中間くらいな感じがする

911 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 08:00:24
ホウ統、法正が長生きしてたらどうなった?

912 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 08:07:25
荊州が取られないかもしれないし
夷陵を止められて、北伐が成功したかもしれない

913 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 08:30:42
>>911
>>912の言ってるようになるかもしれないし
特に何も起きなかったかもしれない
たらればの話をするには時間が経過し過ぎてて
ホウ統、法正の実際の実力はもちろん三国の本当の国力差ですら
様々な説があるくらい状況がわからない

914 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 17:29:52
>>911
従軍軍師はその二人に任せて、諸葛亮は兵站や外交等の後方支援に専念しただろうね。

あくまで推測だけど、蜀における本軍の軍師(張良や陳平の役)はその二人に任せ、
別働隊(韓信の役)を関羽に任せ、呉と連係して、3方向から魏に圧力掛ける。
で亮自身は、成都にて、得意の後方支援に専念する。と。



915 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 19:20:09
ちょいスレ違いだが面白そうなんで乗らせてくれ。

>>914
別働隊の関羽に若干の不安が残るな……
格としては十分だが、軍師というか副都督がほしい希ガス。
夷陵で一軍を任された実績から黄権が適任か?
なんか夢が膨らむな、妄想だがw

916 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 22:30:34
下手に別派閥の奴を食い込ませようとしても軍隊編成が面倒だから実質無理

917 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/01(金) 23:47:24
ホウ統って生きていたとして
馬良よりも活躍できるかな?
法正が生きていたら派閥争いしそう
諸葛亮が云々ってよりも
周りに喧嘩売りまくりそう
魏延と殴り合いになりそう

918 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/02(土) 20:02:13
けっこう蜀の連中って調和ないよな。関羽しかり法正しかり。
まぁもとがチンピラの寄せ集めみてーなモンだから仕方ねーか

919 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/03(日) 04:02:28
地方だけを制するのが目的なら賈詡のほうが断然役に立ちそうだが
国家を統制したり天下を狙うなら、やはり諸葛亮に分がありそうだ。

920 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 09:58:08
>>918
むしろそのチンピラみてーなやつらを統制してまがりなりにも1国作り上げた劉備がすげえw


921 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 11:41:11
っつ〜事は、魏延は最後のチンピラでOK?

922 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 13:01:07
姜維大将軍を忘れてもらっては困る

923 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 16:40:26
>>921
馬岱「カッとなってやった反省はしていない」

924 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/04(月) 22:31:53
>>922
劉備に会ってないから却下

925 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 00:52:40
諸葛亮の目付役にカクなら面白い。
諸葛亮「馬謖に街亭の守備を任せたいんだが・・・」
カク「劉備が馬謖は口だけで実際は大したことないと仰っていたのを無視ですか?そうですか?」
諸葛亮「そうですか、分かりました」

926 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 01:00:33
賈ク「そういえば昔、劉備殿が仰ってましたが、、、あっ、すみません、会議を続けて下さい」

927 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 01:42:38
っつうか、普通に賈クに街亭の守備を任せるだろ。

928 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 01:45:41
賈クを野放しにするくらいなら馬謖の方がましっぽい
蜀に居るってことは曹操からの寝返り組だろ?

929 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 01:47:05
>>928
謝れ!!王平さんに謝れ!!

930 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 09:39:57
このIFは、劉備が曹操ではなく張繍の所に逃げ込んでいたら…という前提か?

いづれにせよ、街亭の時点で生きていれば賈クは82歳。

931 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 10:05:08
>>930
もうかつてのキレは無さそうだなw

932 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/05(火) 11:07:49
カクは頭の良さを他人に知られてしまったが
諸葛亮は政治、役割上 頭の良さ全てを 他人に表現しなかった

933 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 02:09:03
時代に翻弄された、流浪の天才策士、賈ク!
強兵達の夢の最後の後継者、諸葛亮!


934 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 12:48:39
ほおう

935 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 00:25:39
カク=AWACS
諸葛亮=HQ

936 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/15(金) 01:01:59
何をもって頭が良いか疑問符だな…

記憶力?応用力?発案力?

937 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/15(金) 01:06:03
多分、頭の形だろ。

938 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/15(金) 19:53:02
じゃ魏延が一番かな

939 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/15(金) 20:34:43
>>936
医師国家試験に合格出来るレベルの知識かつ
その知識を医療現場でしっかりと活かせる知能

940 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/16(土) 07:53:27
医療技術なんて方技ですよ。

941 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/18(火) 17:57:04
突然に人が居なくなった

942 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/19(水) 12:39:34
一般的には記憶力がある人だろうな>頭がいい

943 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/19(水) 21:16:12
記憶力なら朱桓が最高か

944 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/19(水) 21:31:51
王燦だろ

945 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/07(月) 03:18:29
禰衡だよ

946 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/17(木) 06:14:42
饅頭を発明したとされる孔明の方が人間的に暖かみがあるな…

ある意味、賈クは呂布と変わらんくらい節操ないからね…

947 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/17(木) 06:53:06
孔明は攻め、賈クは総受け、同じ視点で語るのはどうかと思う

948 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/17(木) 07:09:57
どう考えても牛金が一番だろ

949 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/17(木) 10:26:39
諸葛亮の内政官として治世力・経済発展力がカクより上なのはわかるが、謀略戦ならカクの方が上のような気がする。

950 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/17(木) 14:23:23
賈文和先生は、生き残るために能力をフル動員してしまったせいで、天下を動かせなかった。

951 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/17(木) 15:19:41
生きなきゃいけたのにな

952 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/17(木) 19:01:29
俺らだって内部告発で社会の英雄になって職失うよりも
うまく立ち回って出世する方選ぶだろ?それと同じ
間違った生き方ではない

953 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/18(金) 00:28:04
>>951
盗賊に捕われて死んでね?

954 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/18(金) 06:26:17
諸葛亮は英雄だが、賈文和先生は英雄ではない。

955 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/19(土) 20:15:10
英雄だからといって頭が言い訳では無い。

956 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/19(土) 23:04:50
姑息だからといって頭が言い訳では無い。

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