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結局三国志最高の名将は誰なんだよ!?

1 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 10:21:12
集計結果   403票   張遼    

決定 


2 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 14:29:21
カナディアンマンだろ

3 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 15:14:10
スカイライダーだと思う

4 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 19:59:20
カナディアンマンしかいないな。

5 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 20:58:22
チエの輪マン(´・ω・) カワイソス

6 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/22(火) 22:31:33
ティーパックマンもな

7 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/23(水) 15:09:58
張遼はないだろjk

8 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/23(水) 19:43:27
無難に陸抗

9 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/23(水) 22:36:24
カナディアンマン

10 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/24(木) 12:28:13
初曹操ゲットだぜ

11 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/24(木) 15:30:19
カナディアンマン、なんちゅう人気や

12 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/26(土) 18:22:17
曹操はガチだろうねぇ

13 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/26(土) 18:42:34
カナディアンマン

14 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 11:21:18
董卓。
一番好き勝手でき楽しい世を暮らしたから間違いない。
あとの連中はただの苦労人

15 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/27(日) 11:50:16
ここでカナディアンボーイにも目を向けて見る。

16 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/28(月) 21:46:05
曹操なんだろうなぁ

17 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 07:28:41
カナディアンマン で

18 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 08:04:18
じゃ、曹操で

19 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/29(火) 23:03:06
カナディアンマンしかいない

20 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 12:20:25
魏延さん

21 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 13:27:00
陳固

22 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 19:27:10
【銅雀台完成記念スペシャルエキシビジョンマッチ】

「カナディアンマン×曹操孟徳」



23 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 22:38:09
スプリングマン

24 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 23:17:54
醤油

25 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/30(水) 23:21:35
>>22

○カナディアンマン×曹操孟徳●

:0分09秒
:メイプルデスロックによるKO勝ち


26 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 01:01:13
カナディアンマン

27 :無名武将@お腹せっぷく:2008/01/31(木) 01:58:14
カナディアンマン

28 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 07:44:22
魏の文官は司馬イ、武官は張遼
呉の文官は陸遜、武官は孫策
蜀の文官は諸葛亮、武官は趙雲
じゃないですかね でも諸葛亮が最高でしょ

29 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 07:45:05
劉禅以外考えられない

30 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 08:46:52
「最高の名将」なら周瑜なんじゃない?
人格・能力・功績全てを最高水準で備えてる。

31 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 10:17:40
そもそも武官と文官の違いがわからん

32 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 14:42:43
なんだい薮から棒に。誤爆か?

33 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 17:20:18
周喩は確かに名将だけど早死にだからな・・・


34 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 17:24:26
単純に戦闘の回数と勝率なら曹操

35 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 18:34:49
しかし曹操には下劣な品行という欠点が・・・。
後家になったばかりの人間をレイプした上
自らのその色ボケで無二のボディガード+世継ぎを失う。
こりゃあ、無様極まりない。

36 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 19:50:54
逆に曹操が勝った戦いの中で一番凄いのはなんなんだろう。
やっぱり官渡か?

37 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 20:04:54
でも投降した武将を手厚く迎えたことは評価せねばなるまい

38 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 22:08:16
投降した武将を手酷くいじめる虞翻先生が最強

39 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 22:10:40
虞翻だけは「だしゃあ」って顔面に正拳食らわしてやりたい

40 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 23:19:35
やっぱ曹操?
曹操、周喩に戦争で勝てるやついそう?局地戦ではカクとかいるけど

41 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 23:21:06
>>39
虞翻最高だろ。

42 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 23:25:25
趙雲はクソ

43 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/06(水) 23:26:52
退却うまいよ

44 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 01:44:29
カナディアンマンってカナダの人?

45 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 20:42:30
周瑜は確かに強いが陸戦では陸遜の方が上だから総合面で陸遜の方が強いでしょ

46 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 21:09:51
陸戦のこと言い出したら曹操になっちまうぞ
活躍期間が二人よりはるかに長いし

47 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 21:20:56
>>40
時代が違い過ぎて比較難しいがトウガイあたり?

48 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 21:23:05
まず「陸戦なら周瑜より上」からして微妙なとこだが、
なんで「総合面で陸遜の方が強い」となるんだ?

49 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 21:36:31
包囲撃滅戦の華麗さだけなら杜預だな。

50 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 21:57:44
それぞれ得意ジャンル違うんだから、ねぇ。


個人的には陸遜

51 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/07(木) 22:19:08
>>44
日本人だよ。

52 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 14:51:33
 東京・新宿バルト9にて2月29(金)から3月7(金)の期間、「キン肉マン29周年」を記念した
「キン肉マン映画祭」が開催される。これは日本記念日協会に認定された「キン肉マンの日」
(29日が金曜日となる日)である2008年2月29日にかけたもので、劇場版7作品を1日1作品と
「ファンが選んだベストバウト」上位作品を上映するほか、多彩なゲストを招いたトークショー
などが予定されている。
 イベント会場となる新宿バルト9では、スターステージに「キン肉マン立像」を展示。
カフェオアゼでは、12月に発売となるDVD-BOX(※)の封入特典である「復刻版キンケシ
全418体」展示するほか、カフェ利用者に限定で「キン肉マン特製コースター」がプレゼント
される。
 2月29日に行われる29周年記念スペシャルナイトイベントは、ケンドーコバヤシはじめと
する「キン肉マン」好きな各界ゲストを招き、「ファンが選んだベストバウト」の発表&上映と
熱い思いを語るトークショー、串田アキラによる主題歌熱唱、フードファイター・ジャイアント
白田が「特製チャンピオンベルト争奪! 2.9(ニク)kg牛丼早食いバトル!」に挑戦など、目白
押しの内容となっている。
 当日のゲストは原作者のゆでたまご、串田アキラ、バッファロー吾郎、ケンドーコバヤシ、
指圧野郎、アホマイルド、ジャイアント白田ほかを予定。復刻版キンケシ(1カプセル2個入り・
全10セット)の先行発売も実施され、来場者には"日替わり"入場者プレゼントのポストカード
3枚のほかに、B2ポスター(非売品)もプレゼントされるという。
 なお、2月29日(金)のスペシャルナイトのチケットは全席指定特別料金4,500円で、2月9(土)
よりチケットぴあにて発売開始。3月1日から7日のチケットも全席指定、一般1,800円、大学・
高校生1,500円、中学生・小人(3歳以上)・シニアが1,000円で、2月29日より劇場窓口にて
販売される。

ソース:マイコミジャーナル
http://journal.mycom.co.jp/news/2008/02/07/038/index.html
キン肉マン29周年記念サイト
http://www.kin29.jp/

53 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 19:18:04
勿論、大酉のメーンイベントはビッグボンバーズVSはぐれ悪魔コンビだよな。

54 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 22:06:03
ステカセキングを忘れてないか?

55 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/08(金) 23:17:58
前スレではカナディアンマンに敗れたが、
このスレこそは、ステカセキングに覇道を歩ませたい

56 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 18:51:22
ステカセキングは空想科学史上最強の男だからな。
謙虚までにバッファ如きを頭領と仰いでいた慎み深さも素敵だった。

57 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 20:05:53
ステカセキング応援団結成かよw

58 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/09(土) 21:33:26
もし部下に欲しいなら有能でメランコリー親和型ぽい諸葛亮。
死ぬまで仕事させてボロ雑巾になったら捨ててやるわ!

59 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/10(日) 14:07:18
微妙に弱いやつがもがきつつ善戦するのが好きなので、ブロッケンJrとか好きだったね
FCのゲームでブロッケン最強だったから少し萎えたっけ

60 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/11(月) 19:04:11
おまえらほんと舐めんなよぼけ
ブラックホールのジャーマンの美しさは肉史上ナンバーワンだね イチバーンだね

61 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/13(水) 18:06:35
夏侯惇

62 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/13(水) 19:22:31
      r ‐、  
      | ○ |         r‐‐、
     _,;ト - イ、      ∧l☆│∧  良い子の諸君!
    (⌒`    ⌒ヽ   /,、,,ト.-イ/,、 l
    |ヽ  ~~⌒γ⌒) r'⌒ `!´ `⌒)  お前の考え方イエスだね!!
   │ ヽー―'^ー-' ( ⌒γ⌒~~ /  
   │  〉    |│  |`ー^ー― r' |  
   │ /───| |  |/ |  l  ト、 |  
   |  irー-、 ー ,} |    /     i    
   | /   `X´ ヽ    /   入  |   


63 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/14(木) 22:59:04
世界最強は押忍空手部の銀座の首領だろ。
お前らまだまだフーリッシュだわ

64 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/14(木) 23:32:44
このスレ読んで一言
お前ら本当にキン肉マンが好きだなw
俺も好きだw

65 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/14(木) 23:34:50
              ,.lニl 、
             /´「`ヽ_        !   .|!
         └‐ャ'゙ノ. `Y´ `Y 入 (ラ ノ `ヽ._
   まあな       \  个 ーf´  /´ ̄ /´  .`ヽ
                  ̄,.-、」_ノ、 /⌒ヽ  人|
               〈  ,ノー一'Tヾ.    「 ,ノ
                    ̄`丶、  一 >'゙ ィ〈
                    ,  -‐<´ ̄ ̄ , ---.、l
               , '´    `l  /     |
             /       、__|     ,ノ
               {  メ   ャ‐一''" Y´   |-、
             Tヽ   ノ|       、_ ,、  ,ノ}、
              fTニニ´ィ       \></ {_
              _入.  〈         \>  ,_)
                f´   ,、__ノ          ,ノ⊥ .|
             ̄ ̄            {___ノ


66 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/14(木) 23:54:09
ステカセキング覇道伝

67 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/14(木) 23:56:05
ステカセキング武将風雲録

68 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/15(金) 00:11:24
陸遜?

69 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/15(金) 05:48:49
男爵ディーノ

70 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/15(金) 06:13:51
(´・ω・`)←こいつ

71 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 06:14:41
呂蒙で終了するしかないな

72 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/17(日) 21:15:57
スプリングマンVSリキシマンは子供心にかなり衝撃的だったぞ。
スプリングマン最強説を唱える者で恐縮だが。

73 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/19(火) 23:47:24
マジレスで司馬懿

74 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/21(木) 06:51:47
曹操?

75 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/21(木) 22:40:03
疑問符つけるな!自信をもて!!

76 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/21(木) 22:40:18
そうそうw

77 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/22(金) 01:49:58
>>微妙に弱いやつがもがきつつ善戦する
こうきたらもう、キョウイしかないだろう!?



78 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/23(土) 17:24:49
曹操は群を抜く戦績の多さと高い勝率を誇り、
詳細な記述によって文句無く三国志中最多の功績と同時に、
少なくない敗戦や失敗も残され、多少評価が別れるタイプ。
とはいえやはり名将スレ本命。

周瑜は名実共に備えた完璧で穴のない名将。
諸将を纏める統率力と戦略眼に特に優れる。
安定して評価の高いタイプで、この手のスレの常連。
強いていえば細かい戦術的には未知数な部分がある。

ケ艾は戦線が膠着しがちであった三国鼎立状態にあって、
一際目を引く快勝を連発した実力が高く評価されている、三国末期の花形武将。
ガチンコの強さは特筆ものだが、唯一協調性に若干難あり。
人気はともかく、実績は十分の有力候補。

以下司馬懿、陸遜がこれに次ぎ、
諸葛亮、呂蒙、孫策、徐晃、陸抗あたりが安定して評価が高くてパンチ不足、
姜維、張遼、関羽、劉備、孫堅あたりが評価に波があるが、考え方によっては最高候補かな。

79 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/23(土) 17:40:31
でもやっぱ曹操だと思うな。

80 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/23(土) 20:07:18
もう何進でいいよ。

81 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/23(土) 20:44:36
失敗を繰り返して成長するっていう人間味のある曹操に俺は憧れるなぁ。
曹操が負けなしだったら魏がさくっと統一して歴史として今程の
面白味はなかっただろうし。立役者的な面も含めて曹操。


でもカナディアンマンも捨てがたいのは否めない事実だ。

82 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/25(月) 01:37:50
カナディアンマンは武勇に頼みすぎるきらいがある。

83 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/25(月) 22:23:26
都の権力闘争に属さず、辺境に赴きわざと蜀との戦いを長引かせ、
そのうちに魏の軍部を掌握して最後に勝ったのは司馬一族。
と何かで読んだことがあるが。ということで長久の計を最初に実行した司馬懿に一票。

でもカナディアンマンも捨てがたいのは否めない事実だ。

84 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/26(火) 07:51:20
司馬懿に一票。
風林火山を地でいった。

無双やっちゃうと自己過大評価しすぎの間抜けだけどあれは演義ベースだしね。

85 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/26(火) 14:55:55
>>84
司馬懿は動くべきでない場面で(張コウの反対を押し切って)動いてしまい、
結果部下を制御しきれずに敗戦お憂き目にあうなど微妙な奴じゃないか?

86 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/26(火) 22:25:15
メタな議論で恐縮だが「名将」の定義とは?
たとえば曹操は「将」ではなく君主なわけだが。

87 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/26(火) 22:44:51
君主ですか〜〜〜

88 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/26(火) 23:13:12
>>86
もっとも単純な定義でいけば「優秀な将軍」だろう。
転じて現代ではスポーツなどの優秀な指導者を指す場合もある。

将軍の定義が「軍を将いる」だから、役職上の○○将軍以外でも、
郡太守や中郎将やら等々を指して将軍と呼んだりもする(軍を率いてるからね)。

別に曹操を将軍と定義しても間違いじゃないでしょう。
同時に魏国の君主にもなったってだけ。

89 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/26(火) 23:19:52
吉平の企ては失敗に終わったようだ。次なる勇者求む。

90 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/27(水) 06:31:58
馬騰です。砂漠からきました

91 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/27(水) 10:09:33
馬騰が生きてたら曹操を倒せただろうか。
…無理だろうな

92 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/27(水) 20:43:31
>>78
孫策はもうちょっと上じゃね?
智謀に関する裏付けには乏しいが名声・武勇・実績は一流。

93 :無名武将@お腹せっぷく:2008/02/29(金) 23:06:40
カナディアンマン

94 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/01(土) 07:45:05
関平だろ


異論は認めない

95 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/01(土) 09:45:09
三国志で名将なら曹操と陸遜だと思う

96 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/01(土) 11:41:32
キン肉マンは群を抜く戦績の多さと高い勝率を誇り、
詳細な記述によって文句無くキン肉マン中最多の功績と同時に、
少なくない敗戦や失敗も残され、多少評価が別れるタイプ。
とはいえやはり名将スレ本命。

ロビンマスクは名実共に備えた完璧で穴のない名将。
諸将を纏める統率力と戦略眼に特に優れる。
安定して評価の高いタイプで、この手のスレの常連。
強いていえば細かい戦術的には未知数な部分がある。

ラーメンマンは戦線が膠着しがちであった王位争奪編にあって、
一際目を引く快勝を連発した実力が高く評価されている、キン肉マン末期の花形武将。
ガチンコの強さは特筆ものだが、唯一協調性に若干難あり。
人気はともかく、実績は十分の有力候補。

以下テリーマン、バッファローマンがこれに次ぎ、
ウォーズマン、アシュラマン、ネプチューンマン、ネプキン、あたりが安定して評価が高くてパンチ不足、
ステカセキング、スペシャルマン、カナディアンマン、ティーパックマン、農村マンあたりが評価に波があるが、考え方によっては最高候補かな。

97 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/01(土) 15:37:05
東方不敗無敵カナディアンマン

98 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/01(土) 16:47:41
>>92
他の面子も名声・実績共に一流の人たちですから。

孫策の采配が抜群に鮮やかなのは確かなんだが、
実力の証明という意味では三国の争いに絡む前に死んだのが痛い。

99 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/01(土) 21:08:31
ティーパックマンキタコレwwww

100 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/01(土) 21:14:39
>>96
ウォーズマンはもうちょっと上じゃね?
ウォーズマンがいなかったらキン肉マンは間違いなくバッファローマンに殺られてた。

101 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/01(土) 21:30:39
>>91
バトゥだったら楽勝なのにな

102 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/01(土) 23:03:28
もうバトゥマンでいいよ

103 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/01(土) 23:51:46
>>100
しかしマンモスマンに瞬殺されてしまうという失態がウォーズマンにはあるからなあ。
キン肉マンシリーズ通してバッファローマンに今一歩及ばずというイメージもある。


104 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/02(日) 18:57:01
俺もやっぱ曹操だと思うなあ
一番長く戦って一番多く勝った人だし

105 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/02(日) 20:56:56
間をとってキン旋マン

106 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/03(月) 08:54:09
シバイ
なんだかんだで中華統一

107 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/03(月) 15:53:51
>>106
統一したのは司馬炎な

108 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/03(月) 18:42:37
>>107
違うね、カナディアンマンだよ

109 :無名武将 ◆MUMEIJh4Tw :2008/03/03(月) 18:52:31
子義将軍が一番

110 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/03(月) 21:57:18
名将の条件はまず描き易さだろ。
ウォーズマンに一票。

司馬懿は書きにくいから却下

111 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/04(火) 00:48:01
司馬懿=ニセおやつくん

112 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/04(火) 19:33:22
>>110
描き易さならラーメンマンもだな。

113 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/05(水) 00:29:37
承太郎は群を抜く戦績の多さと高い勝率を誇り、
詳細な記述によって文句無く三国志演義中最多の功績と同時に、
少なくない敗戦や失敗も残され、多少評価が別れるタイプ。
とはいえやはり名将スレ本命。

DIOは名実共に備えた完璧で穴のない名将。
諸将を纏める統率力と戦略眼に特に優れる。
安定して評価の高いタイプで、この手のスレの常連。
強いていえば細かい戦術的には未知数な部分がある。

ブチャラティは戦線が膠着しがちであった王位争奪編にあって、
一際目を引く快勝を連発した実力が高く評価されている、三国鼎立後の花形武将。
ガチンコの強さは特筆ものだが、唯一協調性に若干難あり。
人気はともかく、実績は十分の有力候補。

以下ポルナレフ、ヴァニラアイスがこれに次ぎ、
花京院、ジョルノ、丈助、広瀬あたりが安定して評価が高くてパンチ不足、
イギー、アヌビス神、フーゴ、ナランチャ、ペットショップあたりが評価に波があるが、
考え方によっては最高候補かな。

114 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/05(水) 08:16:15
徐庶元直 
沮授

115 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/05(水) 17:29:47
曹操、陸遜、関羽、呂布
この4人は名将だと思う

116 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/05(水) 20:56:47
呂布が名将の理由だけ聞きたい

117 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/05(水) 21:01:06
三国志中最も「大略を得ていた」のは司馬懿だろうが「名将」っていうイメージはちと違う気もするな

118 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/06(木) 10:01:12
名曲、名画、名作などが個々人の主観によってしか定まらないのと同じように
No.1の名将を揺るぎなくこれだ!と決めることは非常に困難だが
それでも、敢えて決めなければならないとすれば
それはどれだけ多くの人に認められたかを検証するといった
多数決的な方法に依らざるを得ないだろう
そう考えれば自然と予想されるのは
「曹操」「関羽」「呂布」「孔明」「司馬懿」といった将達だろうか
ただまあこのスレそのものが結果を出すための
統計の役割を果たしてると言えなくもないので
変に傍観者振って結果を急ぐよりも
一人一人が個人的な直感をただ吐いていった方が
確実且つ以外と面白い結果が得られるのかもしれない

個人的には賈文和さん

119 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/06(木) 17:56:12
一番とはいえない=戦下手というわけではないからね。
司馬懿も優秀は優秀だろうよ。

ただ同時代で見ても陸遜の方が戦果は派手だ。

120 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/06(木) 20:50:43
個人的な直感では、曹操、カナディアンマン、陸遜が名将だと思う。


121 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/06(木) 21:20:14
司馬懿も遼東攻略や孟達討伐なんかは鮮やかな手腕を見せている。
あの時代なら司馬懿・陸遜・諸葛亮が政戦共に三国のトップだろう。

122 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/06(木) 21:33:46
演技はアリ?

123 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/06(木) 21:49:30
演義なら「最強の武将は誰だ!?」、みたいなスレの方が相応しいんでないかな。
あんま名将って感じの人間は居ない気がする。

124 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/06(木) 22:19:02
そか

125 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/06(木) 22:27:06
演義だと張飛や趙雲は猛将、周瑜や司馬懿は智将、と線引きがハッキリしてるからあれだが、
強いていえばやはり関羽が一番名将っぽく描かれてるかな。

確か龐徳との比較で(龐徳は武勇で関羽に対抗できる稀有な存在だが)知略では遠く及ばない、
みたいなことを曹操の部下が言ってた気がする…

126 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/07(金) 16:06:43
陸遜とか戦下手の劉備に勝っただけで過大評価されすぎじゃね?

127 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/07(金) 17:46:17
>>126
その劉備が過小評価されてる
少なくとも赤壁以降連戦連勝だ。
それまでの負けは根なし草の状態で戦った相手が悪すぎた。

128 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/07(金) 17:57:38
連戦連勝つーか唯の2連勝じゃね?三戦目で陸遜に当たってあえなく大敗。
それも諸葛亮が夷陵後嘆いてるように法正頼みだったっぽくね?

129 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/07(金) 19:08:03
入蜀全部で1戦扱いかよ
数年に渡る広範囲の制圧戦なのに

130 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/07(金) 21:15:45
だって殆ど別けて考える必要なくね?
数年なんて九割がたラク城包囲だし、広範囲に劉備が出向いて戦ったわけでもなし。
実際に戦ったのはフぐらいで、後は騙まし討ちや人質使って脅迫が殆どじゃね?

131 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/07(金) 21:37:58
そもそも戦下手とする根拠がないだろ。
負けが多い、目立つぐらいで
ホントに戦下手なら曹操やその幕僚、群雄たちが劉備を恐れ警戒した理由がない。

曹丕の発言を真に受けてるとしたらお笑い草だ。
曹丕こそ生兵法の戦下手だろ。

132 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/07(金) 22:55:56
負けが目立って多いってこの上もないくらいの根拠じゃね?
負け方も夷陵なんか尋常じゃなく酷いし。

良い発言だけ取り上げて悪いのは無視ってのもおかしくね?
そもそも論評としては事実を当てちゃったんだから、その曹丕の言葉を無視して他を取るってのもどうよ。
どうせこの手の話しは後付だから全部無視、ってわけならともかく。

133 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/07(金) 23:02:30
>>132
曹操も赤壁での負け方は尋常じゃなく酷い(楽勝で荊・揚を落とすはずが追撃が間に合ってたら命も危険な状況。三国鼎立の原因を作った)わけだが、戦下手とは言われないよね

134 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/07(金) 23:08:35
>>133
そうそう。

135 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/07(金) 23:38:52
夏候豚

136 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/07(金) 23:53:00
>>133
名のある将官は誰も死んでないし、結局その程度で追撃を振り切った曹操の負け方は夷陵ほどじゃなくね?
夷陵では劉備を逃がすため、あるいは逃げ場を失って数多の将兵が死亡・降伏するハメになってる。
追撃されてれば〜なんてタラレバを言いだせば勝ち戦でも「流れ矢が当たっていれば死んでた」とかなんとか。

元々曹操の評価を支えてるのは勝ち星が遥かに多いことだし、
そんな曹操でさえ赤壁を元に能力を疑問視されることも少なくない。

例え仮に赤壁が夷陵に匹敵する酷い負けだとして、
それを覆す要素が無ければ曹操だって戦下手と呼ばれて当然。
まぁそれがあるから呼ばれてないんじゃね?

137 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/07(金) 23:55:39
だからカナ(ry

138 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/07(金) 23:59:55
>>132
弁同論嫁!

139 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/08(土) 00:08:17
>>136
夷陵の敗戦うんぬん言うなら
劉備の戦術が悪いのではなく、夷稜の地形と陸遜が凄かっただけ。
夷稜は狭い地峡。ああいう陣形になるのは致し方ない、というかそれ以外の選択肢がない。
劉備の失敗は戦略であって戦術ではない。
陸遜でなきゃ呉は負けてたかも知れんぞ。

140 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/08(土) 00:10:27
>>136
劉備もそれを覆す要素があるから戦下手じゃないんじゃない?
負けて流れていながら再起を果たし、官位や地位がそのたびに向上している
戦下手だったらなぜ周囲にあれだけ期待されたり警戒されたりしたのか全く分からなくなる

141 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/08(土) 00:39:52
>>138
弁同論?弁亡論かなんかと混じってね?
弁亡論なら読んだことあるがピンとはこないなぁ。

>>139
そんな地形にノコノコと全軍で出向いていったのが敗因じゃね?
そこに至るまでの過程から乗せられてた感が強い。
夷陵の方こそ広い範囲に戦線をもった広域戦なんだから、戦場の決定も重要な要素だ。
地形に合わせた戦術を展開できないから問題なんだろうと。
水上戦力の運用の差はお国柄か?

>>140
戦場以外で挽回した部分を戦争手腕に求める方が意味判らなくね?

142 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/08(土) 02:04:19
>>141
孫桓包囲したりしていろいろ誘き出しかけてますが
それに乗らなかったのは攻勢論押さえた陸遜が立派だったからであって
劉備が間抜けだった訳じゃない。
蜀から荊州往くには夷陵を通るしかない訳で、狭い選択肢の中から劉備は最大限のことをやってる。
それを上回った陸遜が凄かっただけの話。無理に劉備を貶める必要はない。

劉備を戦下手と貶してるのは当時の人間では曹丕だけ。
曹丕が言って説得力ありますか?

143 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/08(土) 07:34:16
やっぱり同じ人なのかな?
劉備→陸遜が凄かっただけ。
関羽→呂蒙が凄かっただけ。
主張の仕方がそっくりwww

144 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/08(土) 08:50:55
>>141
負けても期待されたのは劉備には戦争における手腕があったからだということだよ
「結果が出なかった=無い」ではないでしょ
劉備は各局面で自分が出来る限りの範囲内では常に最上に近い結果を出してきたから期待されたということ
それは手腕があったことを意味している

145 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/08(土) 10:57:04
>>143
ビッグボディ→フェニックスが凄かっただけ。
レオパルドン→マンモスマンが凄かっただけ。

そういえばこんなこともいってたしな。

146 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/08(土) 11:00:26
狭い選択肢って自ら狭くしてるだけじゃね?

そもそもあの一帯は機動に適した平野が広がる地域で特別狭くもなく、しかも実際劉備が陣取ったは江南の夷道の方だし、
水路を捨て機動戦も避け兵を挙って山沿いに進軍させ高地によって主力を遅滞させたのは劉備自身の選択。
で結局水路を我が物顔に利用した呉軍に見事な迂回戦術をかまされ大敗。

黄権も主力を軽々しく進ませるのに反対して先駆けを願い出てるし、
陸遜も蜀側が進路を限定したことで迷いを捨ててる。

最大限のことをやったと言えなくね?
ここまでものの見事にしてやられ、あっさり退路を断たれて包囲殲滅の憂き目なんて他に例がなくね?

なんでそこまで曹丕の一評価に拘るのか理解できないけど、
陸遜曰く「敗北ばかり多く勝利は滅多にない」らしいが。
大体にして結局戦局を言い当てているということを言わんがための、曹丕のエピソードであって、
あってもなくてもどうでもいい。(人物評なんて論旨に合わせただけのものや後付も多いし)
言い出したのは131だし、何故か彼が執拗に曹丕を引き合いに出して問題にするから、
「自分の都合の良いものだけとりあげるってどうよ?」と答えただけ。

>>144
戦力を率いてたってだけで厚遇する理由になるんじゃね?
雷緒が軍を率いて投降を受け入れたのは雷緒が戦上手だから?
基本的には関係なく、軍勢を率いて頼ってきたら誰でもウェルカムですよ。

そもそも『各局面で自分が出来る限りの範囲内では常に最上に近い結果を出したこと』なんてことが言えるなら
人物評なんか気にせんでもそれが手腕の証明じゃね?
どうせフォローするならそうすりゃいいのに。


147 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/08(土) 14:26:08
>>143
勝敗は総体的なものなのは間違いないが、
勝因不明な勝ちはあっても、敗因なくして負けることはないとも言うからねぇ…

148 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/08(土) 16:51:50
>>146
劉備に負けが多く、陸遜に負けた
ただこれだけで劉備を戦下手扱いしてるそっちこそ「自分の都合の良いものだけとりあげる」んじゃねーの?
事実としては前半劉備は負け続けたが、諸侯は劉備を恐れ、また利用してきたし
新野駐屯時代も曹操の別動隊を撃破してる。
それなりの戦力と相手が良ければちゃんと結果を残してるんですがね。
劉備が負けた相手はたいていこのスレでも上位にランクされる格上だ。
戦力の整ってない時期も多かったし。

陸遜が劉備は負けが多いうんぬんは、将兵を励ます言葉で別に劉備を貶してる訳でもないし。
当時劉備は才能を恐れられ、常に英雄扱いされてきた事実を無視しないように。

149 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/08(土) 17:36:18
繰り返しになるが負け続けの上に歴史的大敗を喫した以上の要素なんてなくね?
ただこれだけってこれ以上なにがあるんですか。

劉備を恐れた諸侯って実は曹操だけじゃね?
軍を率いて投降してきた人間なんて劉備に限らず皆利用してね?

劉備が負けた相手って、
高唐の賊(名前不詳)、袁紹勢力の誰か(詳細不明)、袁術、呂布、高順・張遼ら、曹操、曹仁、陸遜
このスレでは呂布・曹操・陸遜しか挙がってないね。どうでもいいけど。

自分で言ってるように陸遜のその言葉は将兵を励ますための方便と取る事が可能。
同じように人物評の殆どは方便と取る事が可能なものじゃね?
こんなアヤフヤなものに比べたら実際の勝ち負けを重視する方がよっぽど建設的。

150 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/08(土) 18:51:22
>>149
劉備は歴史の勝者じゃないからな
おまけに流れ続けて自身歴史書残さなかったから
詳細な記録は魏呉に劣る。

その記録の薄い時代負け続けた劉備に対して、曹操、劉表、周喩が劉備の才能を恐れて
過度な警戒をした理由を説明して貰いたいですな。
俺は別に劉備はTOPクラスの名将とはでは言ってない
・・・が陸遜の評価を下げる為だけに戦下手とは飛躍過ぎやしないか?


151 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/08(土) 19:03:38
もう一言加えると
曹操はかき集めた5000で徐栄と戦って
ほとんど全滅したが、曹操の健闘ぶりから徐栄は連合軍侮りがたしと評価した。

戦争は将の能力ですべてが決まる訳ではない
戦力も重要だ。
序盤の劉備はまさにこの時の曹操と一緒だったんだよ。
だからみんな劉備を評価してた。
そうでないというのなら戦下手を評価するという、納得いく説明をしてくれ。

152 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/08(土) 20:32:39
劉備の才能を恐れたのは別に名将としての資質のみに限定されてないからなあ。
それこそ劉邦が戦下手でも恐れられてるし、劉備の名は反曹操の象徴みたいなもんだし
儒が主体の世界において平気で恩を平気で仇で返せる性格が大きいからだろ。

153 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/08(土) 20:33:17
劉備はあくまで将としての評価が恐れられたわけで、
部隊司令官としては張遼や孫策クラスには遠く及ばないよ。

154 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/08(土) 20:44:32
>>152
被ったなw

夷陵でも、もっと作戦のレンジを広く取って、相手の策も火計
や配置、追撃方法などある程度は想定できたはず。
蜀軍自体も軍として様々な経験を積んできた筈なのに。

155 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/08(土) 22:29:16
まあ、陸遜のフォローするとすれば劉備に勝ったことよりも、蜀と戦いながら
同盟国の魏を警戒し、備えを万全にし対処したことだろう。
それこそ、どっかの武神になった人と比べれば、ただ前を向いて戦ってたわけではなかった。

156 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/09(日) 04:43:21
三国志好きってさ、うだうだ蘊蓄並べ立てて博識な俺カッコイイ★みたいなヤツ多すぎ
マジきめぇwww

一番優秀だと思う武将なんて、それこそ自分の価値観によるじゃん
結論なんか出るかよ

157 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/09(日) 07:03:04
>>156
人の意見を聞く事で今までと違った物の考え方もできるようになりますよ。

158 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/09(日) 07:20:36
「虎痴よ」曹操が言った。

刹那、>>157の首が飛んだ。

159 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/09(日) 11:34:17
>>156
正論キタw
他人を追い落とすために蓄えた知識なんて
糞みたいなもんだからな





160 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/09(日) 12:54:13
そもそも戦争を知らない戦後生まれが兵法を語ることに無理が有る。

161 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/09(日) 13:45:37
>>156=159=160
まさに詭弁のガイドラインだなwwおやくそくすぎるwww

162 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/09(日) 18:57:46
「虎痴よ」曹操が言った。

刹那、>>161の舌が飛んだ。

163 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/09(日) 20:03:14
趙雲
・勢力の優劣に左右されず、きっちり自分の任務をこなす
・冷静沈着(ほんとかどうかは知らんが)、感情に左右されて戦略を乱すことがない。
・当時のような占いや迷信等に左右される環境下の戦乱の時代に何度も戦場を駆け抜けたにも関わらず結局敗死していない


164 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/09(日) 20:19:41
>当時のような占いや迷信等に左右される環境下の

ここはどう読めばいいのか

165 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/09(日) 20:25:33
当時はまだ戦術・戦略等が確立されておらず、だからこそ孔明などの細かいデーターに裏づけされた「智謀」が活きたわけです。
川を渡ったほうが良いか渡らないほうが良いか?など実にくだらない事を八卦にて決めるなどもあっただろうし、そんな中で軍人が長寿を全うしてる時点ですごいことだと言う事です。

166 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/09(日) 21:15:21
俺も趙雲は好きだが>>163ほどではない

167 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/09(日) 21:16:44
いつのまにか普通のスレになっちゃった・・・

俺の居場所がw

168 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/09(日) 21:35:37
あら?w 好き嫌いスレだったかw 失敬

私も趙雲は好きだが、一番好きなのは張飛なんだ。だが張君は「名将」か?と言われると・・・ゴニョゴニョ

169 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/09(日) 21:43:34
名将の基準は人それぞれだからな、俺は徐晃を推す

170 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/09(日) 21:43:45
病という人類最大の敵と戦った華陀・・・

とかナントカ言ってみるテスト


171 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/09(日) 22:57:08
>>165
うーん。それがいいたかっただけか。

じゃあそれは違うよと。
当時でも丸ごと八卦などに行軍を委ねきった筈はない。
軍事とは人類最高の英知であり科学だったんだよ。
兵の損耗率がそんないい加減な方針によって激高になれば
直ぐ逃亡してしまう。そんな時代だし、後漢後期には惰弱に
陥っていた軍事科学も、黄巾の乱以後の戦乱で完全に復活
していた。
食わせる能力で大軍を養うことは可能でも、実際に先頭集団
をキープする能力とはまた別。袁術の大軍が溶けたり、逆に
董卓死後もその各部隊が跋扈したり。

翻って劉備軍団なるものはどうかというと、よくわからんのだよ、
これが。だから趙雲も名将なのかどうかは、さて。

172 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/09(日) 23:16:50
まぁ三国志にも占いによって名を正史に連ねた人間がいたりするから、
あのあたりを信じるなら占いで決めてた人間も居たことに…


173 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/09(日) 23:42:07
うーむ・・・
だれも全て八卦で決めてるとは言ってない、良く読んでくれ。
>軍事とは人類最高の英知であり科学だったんだよ=当然だし私もそう思う。
だが、その英知を兼ね備えた人間はあくまで一部の参謀タイプの人間だけであり、武官や、戦陣にある一般兵卒などはまだその域ではないと思われる。
思い出してくれ、孔明の東南の風を呼ぶくだりを、綿密なデーターや情報収集能力に裏づけされた最高の智謀が当時の人々にはどう映ったのかな?
>兵の損耗率がそんないい加減な方針によって激高になれば
>直ぐ逃亡してしまう。そんな時代だし、後漢後期には惰弱に
>陥っていた軍事科学も、黄巾の乱以後の戦乱で完全に復活
>していた。
この部分はまったく意味不明だが、現代の科学戦ではない
中世的な戦術戦法の中で、後衛でぬくぬくとできる文官や軍師格と違い第1線で戦っている武官で乱戦のなかで死ななかっただけでも十分名将だといえる ってことを言っているだけだが、君は何か趙雲に恨みでもあるのかね?
因みに、袁術軍の崩壊は、国力の浪費に伴う造反・離反による危機的状況下で大量の非戦闘員を含む大陸移動中の諸侯による攻撃&夜盗賊等の襲撃によると思われる。
(現に劉備も荊州で大敗している)
董卓に関しても、恐らく誤解をしているみたいだが、彼はあくまでも軍閥のトップになっただけで、涼州の長官=都から派遣された官僚武官なだけであり、俗に言う董卓軍とは涼州の土豪や駐屯軍閥が各自の兵を出して董卓が纏めて居たのが当初のスタイルだ。
その後、董の専横が始まり、集約されたが、結局彼が死んだ後、元の地方軍閥毎に戻ったに過ぎない。

趙雲が名将かどうかは各自の判断によって代わるのはわかるが・・・

君は自分は誰が名将だと思うのかを書くべきではないかな?

174 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/09(日) 23:51:17
と、まぁ話は戻って好き嫌いでもOKぽいので本命の(名将かどうかは別だがw)

張飛

ですが。好きな理由は
・個の強さでは関羽も凌ぐとも言われてるのに、馬鹿な末っ子っぽく扱われているところ
・劉備、関羽と離れ離れになった時でも、他勢力に頼らず、三下を集めて古城に立てこもりがんばったところ
・理屈ではなく感情で動くようなところ(俺とは違うので憧れる)


175 :Jominian ◆Henri9gNlM :2008/03/10(月) 00:16:55
当時の軍事について話しているのに、諸葛亮が東南の風を呼んだだとか、
史書に無い事を根拠の一つにしているのはどういう事なんだろうか?

176 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/10(月) 00:36:18
どう考えても曹操か周瑜の二択

177 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/10(月) 00:48:28
曹操が評価に入るなら曹操一択だろjk

178 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/10(月) 01:12:19
>>177
んなわきゃない

179 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/10(月) 02:00:54
>>174
あっそ。

180 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/10(月) 11:10:10
>>175
スレタイにもどこにもそんなルールは無いわけだが・・・
どういうことだろう?

181 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/10(月) 11:52:29
マテ、そもそも当時の軍事について話をしてるのは>>165>>173じゃないのか?

182 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/10(月) 18:53:12
>>180
史実を歴史の真実と勘違いしてるんだよ。
演義、正史問わず楽しめばいいのにな。


183 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/10(月) 19:26:33
>>182
そういう問題じゃない

184 :Jominian ◆Henri9gNlM :2008/03/10(月) 19:33:17
>>180>>182
違う違う。
>>163>>165>>173の流れで、当時の軍事で迷信がどうのって話になっているのに、
諸葛亮が東南の風を起こしたとかって話を持ってくるのはおかしいんじゃないかって話。
「講談や三国志演義の世界では迷信が幅を利かせてた」とかって主張するなら分かるけどね。

185 :182:2008/03/10(月) 19:44:50
>>184
すまね、よく読んでなかったわw
確かに>>173の言ってる事は無茶苦茶だな。
中途半端に演義と正史がごちゃ混ぜになってて
どちらのスタイルからも懸け離れた話になってるな。

演義は関羽、張飛のような
天下無双の豪傑がもりもりと敵将を討ち取ってる話や
諸葛亮の道士を思われるような超人軍師っぷりを楽しむものだと思うけどなあ。
詳細な当時の文化やら、風俗やらは正史で検証すればよさそうだしな

186 :Jominian ◆Henri9gNlM :2008/03/10(月) 21:01:21
>>185
演義を基にするにせよ、史書を基にするにせよ、
意見を言う場合は内容を統一しないと混乱するだろう、と思ったので聞いてみたんだよね。

名将というものをどう考えるかという事については、「他者はどうあれ自分はこう考えている」
とか言われたらそれ以上突っ込めないから、あまり内容自体に突っ込む気はなかったけど。

個人的には戦術や軍事戦略、或いはその両方において高い能力を有していると思われる人物を名将と考えているけど。

187 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/11(火) 14:47:36
迷信の類を指摘したいなら呉範とかの方が適切だよな。

本人曰く「軍を動かす時は必ず自分の意見を参考にした」という自称軍師だし。

188 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/11(火) 20:08:14
てかさ演義だとか正史だとかは関係なくね?要は自分が名将だと思うのを書くだけだろ?
んで人の意見に文句たれてケースバイケースで「いあ演義だとそれはおかしい」「いあいあ正史だとそこはどうだ」とかコスくね?
薀蓄たれたいだけならわかるが見てて不愉快なのが多いな。

189 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/11(火) 20:28:35
自分が誰を名将と思うかは勝手だけど、
その根拠に矛盾があった場合は指摘するのは間違ってないと思うんだが
要するに人の意見を批判すること自体が「コスい」と言ってんのか?
だったらこのスレ以前に2chに向いてないと思うぞ

190 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/11(火) 21:15:01
最近伸びてるな

191 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/11(火) 21:25:37
「人の意見に文句をつけるな」と他人に文句をつけるカス

192 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/12(水) 22:22:48
んー、なんかもめてるようだがw

少なくとも>>173の言うことがいろいろ難しいのは確かだよ。
正史準拠でもないしw
例えば、文官がぬくぬくとか言ってるが、文官と武官の区別もあいまいな時
代だし、後衛で遊んでたわけでもない。董卓死後跋扈した連中は、軍閥じゃ
ないし、袁術の軍が崩壊した理由についても、ただ現象を言ってるだけだし。
>>171が舌足らずなのにかみついてるけど、かえって無知をさらけ出してる。

現代とは違うというのも、なあ。うっかり自動操舵で衝突とかしてるし。昔なら
即斬首だよ、そんな時代に占いをそんな高い位置づけに持ってきてたら、辺
り一帯首だらけw

戦国時代の戦略戦術を秦が総合し、漢代に整理されながらもリアリズムを
失いつつあった所に戦乱の世と曹操が出現して、鉄器や馬やその他の技術
革新に対応させたのが三国時代で、現代でも学習するだけの内容を備えた
戦闘の時代。米軍の戦略思想の基礎も「孫子」w


193 :kogindama ◆KSKTSa.ZXk :2008/03/12(水) 22:41:27
>米軍の戦略思想の基礎も「孫子」

ここんとこkwsk

194 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/12(水) 22:56:03
>>192
これで指摘するのは三度目だが、
あの時代に占いが軽視されてたというのは間違いだぞ。

管輅や呉範らが魏呉にあって普通に尊重されてるし、
王基や虞翻みたいな名士も嗜んだ。易経は儒教の経典の一つでもある。

ただ173が言うような一般的なものじゃなく、
それこそ限られた知識層の中でも一部の人間話だろうし、
そもそも歴史を語るのに演義を用いる173は論外だが、一応ね。

195 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/12(水) 22:56:23
>>1から見て感じたのはカナディアンマン最高ってことか・・・

196 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/12(水) 23:12:44
人間最強のジェロニモを忘れるな

197 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/12(水) 23:19:57
>>193
いやアメリカの軍関係者が、大統領から前線兵士まで孫子大好き
ってことw 湾岸戦争でも兵士がみんな携帯してたそうな。
基本的に作戦立案の中心に孫子の兵法があると言われている。ウ
エストポイントだけじゃなくて、今は三軍の兵士全員の必修w

たしかに、クラウゼビッツとかナポレオンとか、所詮は戦術の一部分
だし、その点孫子は戦争技術だけじゃないもんな。
ちゃんと曹操のクレジットも入ってるらしいぜwww

198 :kogindama ◆KSKTSa.ZXk :2008/03/12(水) 23:24:06
へー、今朝鮮戦争の本読んでるけど、アメリカ軍は孫子なんて微塵も感じさせないなw

199 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/12(水) 23:27:43
>>194
いやいや決して軽視してないよ。
むしろ精神的バックグラウンドとしては最重要だったとも言えるwww

ただ、最終的に判断が出来ない場合を除けば、基本的な編成、行軍、
指揮系統と支持方法、伝達手段や方法、兵站、地形と展開、機動・・・
など、出来うる限りの合理的な判断と運用がなされていたということが
いいたいわけで。
そらもちろん、三国時代ならともかく、地方の軍閥や夜盗の類、黄巾族
なんかなら占いも重要だっただろうね。

200 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/12(水) 23:35:47
>>198
まさにそれ。
つまり、アメリカに孫子が知られたのがWWU以後で、そのきっかけの
一つが朝鮮戦争w
歴史の浅いアメリカにとっては、兵士を鼓舞する精神的支柱が乏しいので、
その役割もあると言われている。上杉軍団のトップが毘沙門天の化身と名
乗ったのと同じような意味で。確かに孫子って心強いもんな。孔明はマジシ
ャンぽいし、韓信は人物的には頼りがいなさそうだし。

つまりは物量が敗北した理由は何故だ?ということで。
「人民解放軍なんて、蒋介石がヘタレなだけで、米軍なら簡単だ」っていう米
軍の評価も一変した。その割にはベトナムやアフガンでおんなじ事してるわ
けだがwww

結局、湾岸戦争やイラク戦争にしても、米軍自体は孫子の戦術を理解しても、
大統領や首脳部はその深い思想的部分を理解したわけではないんだろう。

201 :kogindama ◆KSKTSa.ZXk :2008/03/12(水) 23:42:43
おいおい、大統領は米軍のボスだぞ。大統領が理解していないものを米軍が理解しているわけないだろ

202 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/12(水) 23:44:12
>>195
>>196
ウルフマンという縁の下の力持ちも忘れるなよ!

203 :Jominian ◆Henri9gNlM :2008/03/12(水) 23:45:03
>>197
ちと聞きたいんだが、

>たしかに、クラウゼビッツとかナポレオンとか、所詮は戦術の一部分だし

これは何処からそう判断したんだ?

204 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/12(水) 23:59:25
>たしかに、クラウゼビッツとかナポレオンとか、所詮は戦術の一部分だし

なかなかいけてる感じのレスだったが、この部分はがっかりだなw
どちらも「戦争は政治の集中的表現」という政治概念を上位においた思想
なのにな。
まあそれと孫子がアメリカで大人気なのとどう関係あるのかないのかはしらんが。

205 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/13(木) 00:25:09
孫子ってなんかすげえな

206 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/13(木) 00:32:45
>>201
それは揚げ足取りだろ、いくらなんでも(藁

207 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/13(木) 00:55:42
>>206
ハーバード大出身だしMBA取ってるからブッシュって滅茶苦茶頭いいけどな
日本の中学生でも読んでる孫子を読んでないはずがないと思うが

208 :小銀玉@ ◆Gay/Ho..tI :2008/03/13(木) 01:30:22
ちょっと待て。

日本の中学生のごくわずかしか孫子読んでいないと思うが。

MBA取得と孫子を理解するのを同列に語るのはおかしい。

MBAならmaster出たら誰でもとれるしな

209 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/13(木) 02:33:52
アメリカは孫子とはあわないんじゃ。
孫子的には戦争は国力の消費だけど、アメリカは違うだろ?

210 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/13(木) 02:56:20
>>208
じゃあmasterは誰でも出られるのかね?

米国の大統領でMBA持ってるのブッシュが最初の一人なんだが

211 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/13(木) 06:26:28
>>209
だから、そういう部分が本当にはわかってないってことだろ。

イラク戦争も孫子を元に立案計画したというのが米軍の公式見解だから、ブッシュが
しらんはずはない。「衝撃と恐怖」理論もそうだし。
でも、戦争技術として孫子を応用しているのかもしれないが、結果は孫子の教えに反
していることの方が多くなってしまっている。
○戦争は膨大な浪費である。(作戦編)
・危険が迫らなければ、戦闘しない。
・君主は、一時の怒りの感情から軍を興して戦争を始めてはならない。
・将軍は、一時の憤激に駆られて戦闘してはならない。
・国外に長期に渡って大軍を貼り付けると、国力を著しく消耗する。

イラク戦争で最終的にイラク軍を押しつぶしたのは、結局物量以外の何者でもない。
核並の最新鋭兵器も使いまくって。戦術的には非常に怪しかった。でもって、終わって
も泥沼。
ニクソンが愛読してたのは有名だが、かといってそれをベトナム戦で生かしていたとも
思えないし、ただ戦争技術として読んでいるのかもね。或いは、戦前日本の参謀達が
己らを孔明や韓信や竹中半兵衛になぞらえてたのと同じ感覚か。孫子オタ、孔明オタw


212 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/13(木) 09:58:47
>・危険が迫らなければ、戦闘しない。
危機が迫ってたからこそのアフガン、イラク戦争だぞ
>・君主は、一時の怒りの感情から軍を興して戦争を始めてはならない。
一時どころかフセイン打倒はかれこれ10年越しのアラブ外交の1部じゃねーか
>結局物量以外の何者でもない。
孫子は物量攻撃を否定してないどころか推奨してる

孫子読んでないだろ、お前

213 :kogindama ◆KSKTSa.ZXk :2008/03/13(木) 11:28:56
そのへんでやめてやれ。

214 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/13(木) 16:56:08
曹操

215 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/13(木) 19:28:47
このスレには老子、荘子が最も良く効く薬になる

216 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/13(木) 20:01:02
>>212
馬鹿は巣に帰れよ

217 :↑反論できない馬鹿穢多:2008/03/13(木) 20:09:05
プッ!

218 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/13(木) 20:09:56
曹操が唯一、恐れた馬超だろうな

219 :kogindama ◆KSKTSa.ZXk :2008/03/13(木) 20:20:42
漏れは董卓だと思うけどね

220 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/13(木) 20:58:30
自分からは戦わずに領土を維持した劉表に1票っw!

221 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/13(木) 21:22:44
>>220
知らんのか?
劉表が積極的に荊州を切り取って
揚州にまで手を伸ばしてたのを

222 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/13(木) 22:46:51
マジレスすると張曼成

223 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/13(木) 23:56:59
馬忠を挙げとく
関羽を捕らえ黄忠を討ち取ってる

224 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/14(金) 07:08:48
↑ロートルキラー

225 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/14(金) 14:09:09
マジレスで曹操を推す

この時代の人間の中心でしょう。やっぱり

226 :kogindama ◆KSKTSa.ZXk :2008/03/14(金) 14:17:45
だから董卓だろ

227 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/15(土) 15:57:35
>>223
劉備が呉に進行した時の夷陵の戦いにおいて劉備が老兵を軽んじる発言をしたため、
部下十数名で潘璋の陣に、斬り込み馬忠の矢にあたり、それが元で75歳で死亡している。
ただし実際には黄忠は220年に亡くなっており、夷陵の戦いは222年に行われた戦いであるため、
呉への侵攻へ参加した話は演義上の創作である。

黄忠の件は作り話です

ちなみに正史で馬忠はただ関羽を捕らえた人物としてのみの記述であることから
ただ単においしいとこだけ持ってった下っ端だと思ってる
司馬ってのも後付けじゃないのかね
案外蒼天ので大体合ってそうw

228 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/15(土) 16:54:26
マジレスすれば陸績

229 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/15(土) 23:32:19
マジレスすればカナディアンマン

230 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/16(日) 07:47:11
周喩

231 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/16(日) 09:17:51
マジレスするとたぶん絶対曹操

232 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/16(日) 11:05:20
>>227
司馬は史書に書かれてる
潘璋の司馬ってんだから、潘璋の軍を補佐する部将の一人だったんだろ

233 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/16(日) 17:08:22
陸遜は?

234 :kogindama ◆KSKTSa.ZXk :2008/03/16(日) 17:09:22
陸遜より董卓だろ

235 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/16(日) 20:40:44
>>234
西域での活躍など董卓本人の采配がダメとは思わないが、
自ら大軍を率いて都で迎え撃っておきながら、
本拠から遠く離れて北上してきた孫堅との決戦に破れているようじゃ、最高には程遠いでしょ。

軍団自体が過小評価気味だから再評価はされて欲しいけどね。

236 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/16(日) 22:07:50
趙雲

237 : to:停止:2008/03/17(月) 04:19:19
喪まいら聞いてくれ あと三週間で大学だ・・・ 
一年ニートの上FランでDQN多そうだから友達できるか心配だorz 

238 :.:2008/03/17(月) 11:29:49
孫堅との決戦?

239 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/17(月) 13:54:12
>>238
後漢書董卓列伝に、董卓自ら出兵し孫堅と戦うも敗走したとある。

240 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/17(月) 17:25:37
>>237
真性DQNは大学行かないよ

241 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/20(木) 08:54:32
>>232
魏では司馬って役職は一人しかいないらしいぞ?それもかなりのお偉いさんだ
蜀や呉ではまるっきり違う意味合いかもしれんが
それでも一軍においてそれなりの人物がこなす職だとは思う
そんでもって関羽を捕らえるという大仕事をやってのけた割に
扱いが小さいのは何故かと考えると
上でも述べたようにたまたまいいとこ持ってった下っ端に
与えられた褒美みたいなもんなんじゃないかなと思ったんだ
もちろん権限なんかは与えずにとりあえず金と名誉だけでもって感じで
書類上でだけ司馬にしてやって満足させてやろう・・・みたいな
うーん伝わりにくくてスマン
まあただの妄想だ

242 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/20(木) 10:36:11
呂布
董卓の天下を阻止

243 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/20(木) 11:47:43
>>241
なに言ってるんだ?
筑摩の八巻に役職の所を読んでみな。
司馬なんて沢山あるぞ。

244 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/20(木) 11:54:18
>>241
魏は知らないが呉には司馬はごろごろいるぞ。
232の言う通り将軍の下についてる奴の一人だよ

245 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/20(木) 11:56:47
被ったw

246 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/20(木) 17:29:19
>>241
大司馬と司馬を勘違いしとりゃせんか?

司馬は将軍の副官、中隊長みたいな感じだからそれなりの地位ではあるが、潘璋の軍に所属する人間だから、潘璋を差し置いて出世することはまずない
だからそれ以後馬忠の名が史上に見えなくても全く不思議はない。潘璋が皇帝にでもならない限りは
馬忠は関羽を実際に捕縛した部隊の隊長として名前が挙がったんだと思うよ

247 :241:2008/03/20(木) 18:42:23
みんな俺の人気に嫉妬するなよ!

248 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/20(木) 19:31:48
○○司馬ってのも山ほどあるよな

249 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/20(木) 19:34:17
魏延も司馬だったしな

250 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/21(金) 22:36:51
戦闘でも強く戦争でも強く将を適材適所において使える「トップ」としての能力を考えたら・・・

絶対曹操でしょw

251 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/21(金) 23:05:47
前略

曹操

252 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/22(土) 18:41:31
>>250
トップとしての能力ってのが意味わからんけど
組織の長としての曹操は失格もいいところ

253 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/23(日) 03:10:57
皇甫嵩を推します

254 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/23(日) 14:50:29
>>252
ふむ、当時最大の国家を土地的な基盤無しにイチから作り上げた人材を
組織の長としては失格もいいところと評価する理由は?

255 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/24(月) 01:01:12
演義なら孔明で確定だが
正史はどうだろうか俺的にはカナディアンマンだと思うんだが

256 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/24(月) 09:44:14
>>254
自分に巨大な権限を集めすぎて晩年は二方面作戦相手にどうしようもなくなってるから
実際に戦場で対陣すると相手側は曹操の部隊だけが巨大だからそこだけをチェックして別方面から攻撃してる
一将軍だったら上将軍だけど、組織の長としては自分以外に大きな権限を持たせられないのは欠点以外の何者でもない

257 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/24(月) 20:46:59
>>256
各方面には指揮官を任命してて基本的に委任していたと思うんだが

それとどうしようもなくなってるって言うのは具体的にどういうこと?


258 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/27(木) 19:15:43
イミフだよな。

曹操が新政好き、陣頭指揮好きなのは確かだが、曹否以後誰も
してないし、対応できなかったこともない。最終的に二つとも滅ぼ
したし。司馬がだがw

259 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/27(木) 19:30:54
張遼はよく守ったと思うんだけど

260 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/27(木) 20:23:26
>>255
世の中では常識だな。
まあ、ここは結構拘りやら偏見やらで
語る場所だから。

261 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 09:55:41
>>256
曹操に戦力が集中したせいで相手は曹操本体を防いでればそれでよくなっちゃった
赤壁でも漢中でも曹操が徹底的にマークされた結果、長期戦で睨み合いをせざるを得ず
赤壁では焼き討ち、漢中では被害だけ出して撤退というどうしようもなさ
勿論他の要素もあるんだけど、共通点としては2つの負けにはこういう要素がある

さらに漢中戦から荊州攻防戦では長安で劉備と睨み合ってるところで
関羽の対応の為に自分が動かざるを得なくなって長安から引いてしまっている
優秀な謀臣がいなければ、関羽に釣り出されたところで後ろから劉備に食い付かれてしまっただろうし
一将軍としての曹操は優秀だが軍の統括者としては自分に兵力を集め過ぎてトップ失格

262 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 14:06:56
>>261
まあ俺の意見としては
中華最大の権力者をトップ失格と言いきってる時点でその理論破綻してると思うんだ

まあ若い頃から現場大好きでそのスタンスで弱小勢力から勝ち上がった曹操にしてみりゃここ一番は自分が出てくのが一番確実ってのはあったんだろうが
現場の人間に任せられないどころか曹操は降将とかに軍を預けて単品で仕事させて能力を観るってやり方を若い頃からやってたぞ
張遼しかり徐晃しかり張コウしかり







263 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 14:10:55
>>261

部下に任せる所は任せたし、現場主義ってのは弱小勢力から勝ち上がったことを考えたらむしろ高評価だと思うんだが


264 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 14:19:18
>>262
トップとして失格だから中華最大の権力者にはなれても中華唯一の権力者になれなかったんだろ
それに降将に兵を預けて単品で仕事させて能力を見極めても結局預けるのは小勢まで
人を無駄に信用するのも考え物だけど、信用出来なさ過ぎるのも困り者
お題目のように最大規模最大規模って言うけど中華圏の三国で最も早くに地盤を固めた上に最大勢力だったにも関わらず勝ち切れない理由は
やはり組織の長として曹操個人に問題があったからといわざるを得ない

265 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 14:25:50
俺には>>264の頭に問題があると思わざるを得ない

266 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 14:33:44
>>264
攻め切れなかったのって地形の問題じゃね?
移動や輸送云々でムリな戦になるからだろ
後々になって三国の王朝体制がグダグダになるまで2国とも粘ってたのは陸の孤島に割拠してたからだし
文帝、明帝の時代にも統一できなかったんだから別に曹操個人に問題あるわけじゃないし

当事の状況で曹操が生きてる間の期間で統一するのは、多分誰がやっても不可能だと思う。


267 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 14:41:24
>>266
地形の問題?
地形の問題じゃなくて適応できない曹操の問題だろ
多分他の統一王朝の支配者も全中華での戦術に適応できてなかっただろうけど
適応できなかった人は適応できる人に委任して、攻略して行った
曹操は自己の限界を悟り、何でも自分でやろうとすべきではなかった
それが江陵を落として荊南が二度と魏に戻らず、漢中を落とし40年もかけて巴蜀を取ることになった原因だろ

曹操が生きている間に統一するのは可能だった
ただし自分から赤壁と漢中でその機会を捨てているだけだ

268 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 14:46:24
>>264
とりあえずお前が曹操嫌いなことはよーくわかった!

だけど上でも散々言われててお前がお題目という「最大規模」の権力者を持ってきてトップとして無能なんて主張を通すのは
北伐以上に無理な戦だぞw
曹操が後継ぎ二代目とかっていうのなら話はわからんでもないが
残念ながら当代でゼロから国をつくった成り上がりです。

269 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 14:51:31
>>267
>>266が「当事の状況」と補足してるのはスルーで赤壁持ってきますかw
漢中は中央からみりゃ鳥の肋だってのは無視ですかそうですか

270 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 14:52:03
>>268
ゼロから国を作ったのは嘘
まず祖父の代からの人脈と財力があった、これは非常に大きな事だぞ
曹操の乱世の群雄としてのキャリアはこのコネがなければ始まらなかったのだからな
コネで始まったとは言え軍人としての手腕は確かで出世して行ったのでそこは上将軍だと言ってる

ただそれで基盤を作ってからが不味い
将軍としては優秀だが、指導者としてはよくない

271 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 15:00:54
>>269
四川盆地への橋頭堡たる漢中が鶏肋になってしまったのはその後の失敗を誤魔化す強がりだろ

それにあの辺は花粉調査によって三国時代は木材資源に溢れていた場所だとされているし
古代中華の鉱産資源は長江沿いに分布する事が多く、黄河沿いにはあまりない
「斉には塩があり、楚には鉄がある。天下を制するのはこのどちらかだろう」と戦国時代から言われるように
中国は伝統的に上質な金属鉱山は南部に集中している
旱魃、蝗害、洪水等によって自然が死にかけてる上に資源にも乏しい中原からは喉から手が出る程資源に溢れた土地だ

272 :268 :2008/03/28(金) 15:04:59
>>270
失礼、土地的な基盤無しに、と言うのが抜けてたね
中央官僚とのコネは確かに重要だったと思うけど財力なんて私兵で五千かき集める程度だものたかが知れてるよ
それにハバを利かせてた豪族やら後漢で太守に任ぜられてたやつらに比べりゃはるかに逆境でしょう
夏侯氏なんてたいした力はないし曹氏は宦官の家系

中央の安定ぶりを見ると内政の手腕に乏しかったとは思えんね
後漢王朝を利用して正当性をアピッて名士の抱きこみにも成功してるから「指導者としてはよくない」とも思えません



273 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 15:12:26
>>271
それも地形の話になるけど
鶏肋てのは中原から漢中を維持するのは困難ってことなんじゃないの?
自然が死にかけてるっつうけど
当時の文化や流通の中心だった中原や肥沃な河北を支配してさらに北方異民族を従属させて治安も安定してるのに
漢中一個そこまでしてのどから手が出るほどほしいかな?

274 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 15:17:07
なんか>>271は1や2の失点を100にも200にも水増しして見せようとしてる感じがするなあ

詭弁にしか聞こえない(見えない、かな?文字だから)

275 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 15:26:39
結局>>271の言ってるのは「お題目」どおりの赤壁と
晩年のバタつきだけだもんな

逆にそれ以外は問題無しといってるようなもんw

276 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 15:27:02
>>272
土地的な基盤は人脈的なコネで補われただろ
袁紹との関係によってエン州東郡を最初に手に入れたのだからな
そこからの出世は将軍としての手腕が優れているからトントン拍子だったので人脈スタートが大分見逃されてしまっているがね
東郡太守になる為に立てた武功は曹家の私財によって雇われた私兵たちによってだ
土地的な基盤に変換出来る原資を持っていたのだよ
たった5000で号十万の黒山賊を打ち払ったのは特筆すべき軍事能力だが、指導者としてとはあんまり関係ないね

後漢王朝を利用したアピール戦術も曹操はあまりやる気なかったのは三国志からも読み取れるだろ
これは許可した曹操も確かに偉いが、考えた謀臣達の政治手腕じゃないかね?

>>273
当時安定してないものの一つに貨幣があったのは計算に入ってるかな

>>274
気のせい
曹操には欠点があって、それが大規模な国家運営をするには致命的だったという事は認識すべきだね

277 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 15:36:53
>>275
晩年に敵対勢力も大きくなり戦争が大規模化するまで見えてこなかっただけで
曹操には権限を自分に集中させ過ぎる大組織運営に関しての欠点が付き纏ってた
逆に言うと混迷期に小規模勢力から成り上がって来たから、大規模な運営方法がよくわかってなかったのかもしれない

278 :274:2008/03/28(金) 15:45:54
>>276
曹操が別に完璧超人じゃないのは重々理解してます
致命的な欠陥なんて言い切れるほど短所だらけの人物だとは思わないなあ。おまえの言ってること難しいし
これだけ反対意見があってなお偉そうに定説のごとくズバズバ言い切る姿勢とか
評価すべき所は全部軍事能力で片す所をみると>>276がずいぶん極端な偏見の持ち主だってのは解るんだが

279 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 15:50:03
>>274
まあ俺も曹操有能説派なんだが

たしかに>>276の言い方はアタマに来るだろうがそんなヒートしてると同レベルになっちまうぜ
所詮ネットだし楽しくやりましょ


280 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 15:53:39
>>278
評価できるのは全部軍事能力とは言ってない
曹操にある欠点の一つで何でも自分がやろうとする事が大規模組織においては致命的になってしまうというだけ

281 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 15:57:50
>>280
さて、その曹操の現場主義が本当にそこまで致命的か否かという議論をすると
結局>>257の所まで戻ってしまうループ

282 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 16:00:33
>>281
致命的じゃないか
司馬懿と蒋済が呉蜀の仲違いを見抜いてなければ本当にどうしようもなかった

283 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 16:11:04
反曹操派が少数で奮戦してるみたいだけど
なんか小難しいこと言い過ぎてよくわからんくなってる上に
いかんせん極論気味な感じを受けるというのが正直な感想です

素朴な疑問なんだけど>>250のいってるトップの能力って適材適所で人材を生かせることであって
「何でも自分がやろうとする事」とはあんまり関係ないよね?
そういう意味でなら曹操は間違いなく優れてたと思う
軍人なら張遼、徐晃、張コウや親族集団
軍師ならジュンイク、カクカ、ジュンユウ、カク等等・・・

284 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 16:18:59
>>283
何でも自分が自分がってやり過ぎで結果として適材は別にいるという可能性を考えずに自分が出てく事がかなり悪い
自分が出ないところでの人材起用は上手いのにな
お陰で劉備に何度も釣られて毎回酷いことになるという…

285 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 16:22:34
>>282
その「本当にどうしようもなかった」等の考え方が極論と言われてることにいつまでも気が付かない罠

だいたいそういう言い方するんだったら

呉蜀なんぞ湿地と山しかない辺境のド田舎で勝手に王様名乗ってただけだろが
中央を支配して正統王朝の魏にしてみたら歯牙にもかけねー連中だよ
万が一侵攻されたとしても中原で勝負したら兵力差で絶対魏には勝てねーだろ
頭沸いてんじゃねーかテメー

みたいな言い方も出来る

286 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 16:24:49
>>284
その毎回劉備に釣られて酷いことになるっていうのはネタだよね?

287 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 16:29:54
なんだいろいろ小難しい理論武装してるなとおもったら
ようはただの演義厨かよ

288 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 16:33:41
>>285
本来はそうなる筈だった

ところが、関羽北上時には曹操が自分に兵力を集中させてるもんだから中央が空いちゃってた
虎の子の七軍も水没するしあの一瞬に限って言うと魏呉が結ばなければ
実際に関羽と戦える兵力は曹操の手持ち分だけ
ところが曹操が動くと劉備が出るし、劉備を見張ると関羽が出てくる
手詰まりだったんだよ

>>286
いや本当
官渡前に釣られ、赤壁前に釣られ、漢中戦で釣られてその都度好機を逃すか損害出すかしてる

289 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 16:38:23
きみにはがっかりだよ・・・>>284

290 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 16:45:47
>>288
曹操の所にしか兵がいなくて他が空って・・・え?

曹仁の救援に行った徐晃は?それに魏の兵力って100万は誇張だとしても
10〜15万はいたでしょ。それら全部曹操の所って・・・ありっこないだろ

なんか確たる文献とかあんの?

291 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 17:42:35
>>290
徐晃は長安辺りからの兵だぞ、曹操が漢中戦後にいたのも長安辺り
直前まで漢中で劉備と陽平関で色々やってたろ
しかも曹操本体は大きくて挙動が鈍いから先に分隊として小規模な徐晃隊を送ったはいいが
新兵ばっかだし数も少なかったのでしばらく立ち往生してるところに曹操がさらに二十営ばかり付けてやっと形になったレベル
数にしたら数千くらいだと思うよ

直前の状況ではやっと自己の欠点に気付いたのか必要に迫られたのか知らんけども夏侯惇に二十六軍を付けているだろ
この二十六軍は曹操の手持ち分から割いてあるわけだけど数万〜10万くらいかね
それから于禁の七軍がその1/4弱(関羽が取った捕虜三万だから七軍=三万+αくらいか?)
この時点で10万かそれ以上の数字になってるよ
次に劉備の兵数が数万〜十万弱
曹操自身が対劉備に率いて行った兵士はせめてそれと同等もしくはそれより多い数ということになる
(劉備は曹操の攻撃を引き篭もって撃退してるっぽいので曹操の方が多いかも)
ここで合計20万前後
資料から分かる分だけでも20万も動員しているし各地の守備兵、曹仁の手元の包囲された兵士1万弱他諸々で結構な人数がいるよ

そして晋に禅譲したちょっと落ち着いた頃の魏が約400万人なので戦乱真っ只中の220年前後ではもっと減る
30万くらいが多分動員できる限界人数だと考えられるので関羽北上時于禁敗北後、魏はもう予備兵力もほとんど残っていない有様で
曹操の手持ち以外は対呉のために牽制してる夏侯惇の二十六軍くらいしかまとまった大兵力がない状況だと考えられる

292 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 18:19:43
人口たった400万人の記述を鵜呑みにするかはともかくとして
蜀の方が物資的に余裕もなく兵力的にも全力投球だったと思うんだが

一応筋は通ってると思うけど
全体でまったく予備兵力が残ってないってのは早計じゃないの?
>>曹操自身が対劉備に率いて行った兵士はせめてそれと同等もしくはそれより多い数ということになる
はどっから?逆に考えると一方面に動員できるキャパいっぱいいっぱい投入していたと言う方が考えにくい
そんなことしたらまともに動けないんじゃないか?手持ちの10万まるまる劉備との戦いに使ったとは思えない
本拠地に数万は残してあると考えた方が自然
>>二十六軍は曹操の手持ち分から割いてあるわけだけど数万〜10万くらい
からもいざとなったら割けるでしょ。まったくのカラッポとは考えにくい

劉備が数万〜十万弱もつかってたら蜀の国力的にそれこそいっぱいいっぱいだよ
蜀の方がはるかに余裕がないことになる。どっかひとつ抜かれたら終わりじゃん。








293 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 18:35:26
>>292
曹操軍が多い、ヤバイどうしようと諸葛亮が困ってたので
法正が「んじゃあもっと徴兵しようぜ」と言ったのでその通りにした
というのが諸葛亮伝にあるんだ
その直前に劉備は呉と一触即発になって公安に5万人連れて行ってるので
劉備の兵数は最低でも5万
諸葛亮の臨時徴兵で数千〜1万くらいは増えているだろうし5万より多く10万より少ないというのが俺の考え
蜀が一つ落としたら終りなのは関羽が身を持って示してくれているので当然なのだが
あのほんの一ヶ月の間だけは魏も結構それに近い状況だったというのがご理解いただけるだろうか

>>曹操自身が対劉備に率いて行った兵士はせめてそれと同等もしくはそれより多い数ということになる
>はどっから?
という疑問に対してだが、曹操は劉備が城に引き篭もったのを強引に力攻めしている
被害が甚大になったので退却したということだが、普通城攻めをするのに相手より寡兵で行うなんて考えられないだろ
よりにもよってあの曹操が、だぞ

294 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 18:38:49
>>293を書いてから気になったので諸葛亮伝みたら徴兵のエピソードなかった
誰の伝がちょっと忘れてしまったので最初の2行とそれをもとにした推測は差っ引いておいてくれ

295 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 18:51:36
>>287
結局突き詰めていけばそれが真理になるんだよ。
分かりもしない当時の「真実」を史書に合わせて追うなど
幻を追っているようなもの。
単純明快に演義のように都合よく捲し立てるのが一番面白い楽しみ方。


296 :Jominian ◆Henri9gNlM :2008/03/28(金) 19:51:25
横から口を挟むが、徴兵の話は楊洪伝だろう。
漢中で対陣中の劉備から、成都の諸葛亮の元に援軍を送るよう命令が届き、
それを諸葛亮が楊洪に相談するという内容だな。
で、楊洪は
「漢中は益州の喉元にあり、存亡のかかった地なので国を挙げて奪うべき。
 新たに徴兵する事に何の疑いを持つのか」
と言って徴兵を促したわけだな。

297 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 21:43:11
なるほど

298 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 21:50:16
俺も横ヤリだが兵が足りなくて臨時徴兵しようなんて事態だったってことは
蜀はかなり国に無理がかかってるんじゃないだろうか
魏も本当にギリになったらその手段とるんだろうしそんなことはしてないんでしょ?
兵力を出し尽くしてるにせよ温存してるにせよ
蜀の方がギリギリだったんでないの

299 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 21:52:42
>>298
魏も前線部分ではかなり無茶してて侯音の反乱とか招いたりしてる
国境部分が滅茶苦茶な圧政で反乱続発して悪循環

300 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 22:04:31
反乱は関羽に呼応したからじゃないのか?荊州が落ちた頃にはあらかた治まってるだろう



301 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 22:27:53
つーかさ、曹操が指導者失格なら誰が合格なのさ?

302 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 22:53:53
張角以外に考えられんな。

303 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 22:54:53
>>300
呼応するにも不満という下地が必要だろう

>>301
少なくとも曹操には欠点があってそれが大きな組織の運営には大きなマイナスだったと言うことだけが今は重要だ
誰が合格かが問題なんじゃなくて曹操が失格なのが今の問題だからだ

304 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 23:18:10
合理性を追求した社会を追い求めた結果が現在の中国っていう
悲惨な状況にもなってるからな。
なんか曹操のリーダーとしての持ち味は強烈な貧富格差を生むのではとも
思えてきたこの頃。

305 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 23:25:24
>>303
>>不満という下地が必要だろう
ていうけどどんな人間にだって不穏分子はいるよ
劉備や孫権にだってアンチはいた。治まってるんだから問題なし

つうかね、曹操の欠点をお前ほど重要視してるのも珍しいよ
当時は民主主義じゃないんだし中央集権なんて当たり前だろ
お前の主張どおり権力を割り振ったらすぐ八王の乱だわ
別に現場主義が欠点か利点かなんて状況によって変わるだろ、大きな組織だったかは関係なくここ一番のときは自分がでてったほうが迅速に事がすむだろ。曹操ほど現場に強い人間ならなおさらだ
自分のいない所は委任するしかないだろうが常識的に考えて。曹操だってそうだろ。各方面の指揮官や首脳陣に何の権限も持たせてなかったとでもいうんかい

・・・ふう、熱くなってしまった、失礼

306 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 23:41:35
>>304
二千年も前の帝国にそんな価値観はありませんて

素朴な疑問なんだが呉蜀は首都近郊と荊州以外はほとんど開発が進んでなく
逆に魏は中原、河北に渡ってかなり広範囲に開発が行き届いてたんだよね?
そしたら実際の国力的にはかなり差があるってことでしょ
ということは呉蜀は前線を抜くのにも渾身の力を使わなければならない上に
勝てたとしても中原で戦うんでしょ。疲弊してる格下の相手に軍事大国の魏がホームで負けるかな?
仮に負けたとしても河北勢力が残ってる上に呉蜀の国力はボロボロだろう。どう考えても勝ち目薄いよ。ただでさえ遠征だし
ゲームじゃないんだから奪った土地の資源そっくりそのまま使うなんて事は出来ないしね。実際にはかなりの統治期間が必要。そんな悠長なことしてられないしね

こう考えると関羽北上時にそこまで致命的だったとは俺には思えないな



307 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/28(金) 23:57:30
>>曹操自身が対劉備に率いて行った兵士はせめてそれと同等もしくはそれより多い数ということになる
事と劉備の兵力についてはわかったがそれならなおのこと本拠には余裕があったと考えていいだろう
曹操ほどのベテランが関羽がいる状況で守りを考えないで一方面に全力を傾けたとは考えにくい
補給のことも考えたらそんな大人数引き連れて漢中まで出て長引く城攻めしたとも思えないし現にサッサと退いてる

曹操が10万と考えたら1〜2万は残してると考えても良いのでわ

308 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 00:11:30
>>307
その残した3万+αを曹仁救援に送ったら水没してるだろ
だからこそ曹操大ピンチという話しになるわけで

309 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 00:16:45
>>307
>>308に書き忘れてしまったが漢中戦は建安23年7月に出征して9月長安入り
翌24年3月に長安から曹操本人が出陣、2ヵ月後の5月にようやく長安に帰還
ダラダラと8ヶ月、城攻めだけなら2ヶ月も費やしてサッサと退いてるってのはどうかと

310 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 00:19:40
長所と短所は裏表なことって多い。

赤壁で周瑜が総指揮をとって大勝利を納めたことは、
一面においては(孫堅や孫策には見られない)孫権の器量の広さであり、
ある意味では前二者のように自ら勝負を決する実力の不足とも言える。

>>306
三国時代といっても最初と終わりでは状況が違うわけだが、
まず後漢末は大雑把にいって中原は戦禍やら天候変動やらで荒廃し、人口は南へ流れた。
それを受けての南方開発であり、その影響は首都近郊に限らない。
というかその「首都近郊と荊州以外」ってのはどっから来た発想だろう?良く判らない。

同じ南方でも中下流域の呉と上流域の蜀ではまた違ってくるしね。
私的には益州は諸葛亮が言う程の天府の土地とは思えないのだが…
滅亡時の石高とかにも結構な開きがあるし。

311 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 00:25:15
>>306
二千年も前の帝国にそんな価値観はありませんて

でも、あの頃の貧富のレベルは今とは比較にならんほど開いてたぞ。
インテリだけが満足できるような文化改革にうつつを抜かしてるような
ブルジョワ思考の王様にそこまでのリーダーシップなんてあったかねえ〜。

312 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 00:32:23
>>306
黄巾の乱〜戦乱の連続で三国時代初期はその発展した中原が物凄い荒廃をしてた
220年辺りは三国の国力差が最も小さかった時期
さらに関羽の北上時に荊北が落ちると山脈に囲まれた天然の要害である南陽盆地から
何時でも敵がコンニチハと顔を出してくる状況になる
荒廃した中原が前線になったら間違いなく復興が遅れてしまうし、強引に押さえ込んでいる河北豪族の挙動も怪しくなってしまう
ギョウを曹操が本拠地としているのは河北豪族の牽制が目的だと考えられるしな

313 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 00:37:00
>>310
「首都近郊と荊州以外」
て発想は多分揚州は半分以上が湿地帯蜀は山、だったんで当時は開発が行き届いてなかったとっから来てんでしょ
揚州は山越の反乱も多いしな
>>311
当時の国なんてどこも似たようなもんだ
劉備や孫権やその他の国だってそうだよ
つーか中国に限ったことじゃなくない?
個人の人権なんて考え方ないもの
むしろ奴隷がなかっただけ三国時代はマシだ

314 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 00:38:49
>>313
なら結局、曹操もそこまで抜きん出た存在じゃないってことだな。

315 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 00:39:00
>>313
ん?三国時代は奴隷いるぞ?
農奴入植させて兵糧作ろうぜっていう司馬懿が運河の整備を進言したりしてるし

316 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 01:41:23
曹操の屯田は国家権力による農奴制だし、南北朝時代の兵戸制のはしりの一つは曹操の黄巾兵だって言われるよ

317 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 06:42:22
人口が少なくて人狩りに行った呉なんて・・・。

曹操は、多方面で社会の根幹に関わる大変革を次々に推進した、
中国史上でも主系列クラスの政治家なわけだが。
表面的な欠点をそこまで拡大してあげつらう意味がわからないな。


  春 で す か ?

318 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 07:51:14
>>317
大変革?具体的にどうぞ

319 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 11:16:06
>>316
張角あっての黄巾兵
曹操はそれを掠め取っただけ

320 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 11:37:21
>>317
思想、宗教には全く手出しが出来ず
文化的功績もほとんど認められていない。(詩においては陶淵明、李白、杜甫が頂点)
万里の長城や大運河建設のような
後世に伝わる大事業も行なってはいない。
聖人として称えられてもいない。

はて?曹操とはなにほどのもの?

321 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 11:57:00
曹操が行った屯田は実質的には農奴制だった
黄巾兵などはのちの奴隷兵士である兵戸制の原型であった
異民族の内地への強制移住はのちの五胡の跋扈の下地を作った
曹操が推し進めた禅譲という名の簒奪は次々王朝が変わる南北朝のスタンダードとなった

確かに曹操は新たな施策を実施し、暗黒時代とも言われる戦乱と貴族支配の南北朝時代を作った

322 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 12:03:27
なるほど六朝時代初期の昏君が既に暗黒時代の土台を作っていたのか。

323 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 12:07:11
思想家としてはそれほど抜きん出た存在じゃないさ。本人は儒教的な観念は建前程度にしか気にしてなかったけど意識を根底から変えたワケじゃないしね
求賢とかも言われてるほどの合理主義ではない

ただ混迷期の中国での権力者としては抜きん出てるのは明らかだ
土地すらない弱小勢力から中原以北の有力者をすべて滅ぼして中華最大の勢力になりあがったんだから
最終的に残った同世代の群雄の生き残りは劉備と曹操だけだったし人口の減り方(史書をそのまま信用するなら、だが)がハンパじゃなかった時代だからそれなりに厳しい時代だったろうしな

あと曹操自身は後世に直接残る事業はしてないけど
求賢は九品→科挙制度につながったし
李白や杜甫だって曹操とその息子やその側近が作った建安文学がなけりゃ教科書に載らなかったよ
あと酒造りとかな

アホみたいに多才な人間だったのは確か



324 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 12:22:58
>>319
たぶん曹操が掠め取らなかったらただの流賊で終わってた
>>321
それはどう考えても穿ちすぎだろう
そういう変革全部が暗黒面だけ背負ってたわけがない

少なくとも青州兵は教義とかの面で明らかに異質だった人間を受け入れたわけだし、それで曹操の軍隊は強くなった
民屯は兵糧の問題の改善になっただろ。流民の行くあても構えたし。
異民族は曹氏の代に帰順することになったし
そいつらの騎馬兵とかも自軍に転換できた(まあここら辺は他の辺境の有力者もやってたけどね)
曹操は禅譲を推し進めてません、死ぬまで王のままでした
他にも若い頃に地方政府の官僚8割近くクビにして汚職無くすとかね

325 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 12:33:32
>>312
でも兵力的に蜀呉はどう考えても劣ってるよね?
平地の中原で戦うなら不利は明白
本拠地と川を隔ててるから長期の遠征はすごい負担かかるしょ
しかも魏は平地の戦いに慣れてる
どう考えても勝ち目薄いしょ
>>220年辺りは三国の国力差が最も小さかった時期
つったって互角とはとても思えん。人口も違うし

326 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 12:51:24
>>324
>曹操は禅譲を推し進めてません、死ぬまで王のままでした
いくらなんでもそれはひいきの引き倒しだよ
息子が跡を継いだその年のうちに禅譲できるなんて、父が全て整えていたおかげだよ
実際、曹操晩年には孫権や陳群ら臣下からは帝位につくべしとの進言が相次いでいたが、曹操は「危険である」「まだ早い」などと答えており、決して即位自体は否定していない
周の文王になぞらえる発言は、子が天子を滅ぼすであろうという意味だし、実は史記には周文王は生前から王に推戴されていたと記されている(殷王がいるのに)
「死ぬまで王のまま」は結果であって、明らかに曹操の考えとは違う
まして、「三公→宰衡→安漢公→皇帝の舅→皇帝」となった王莽をなぞるように「三公→丞相→魏公→皇帝の舅」となっていった曹操が、王莽の最終地位を知らなかったわけがないし、偶然の一致なわけもない

また異民族を破り、服属させて兵士に使うこと自体はそれまでもあったことでそんなに不思議でもない
ただし、匈奴、烏丸、テイなどを大々的にそれまでの居住地からかなり南下させたことは、それらの勢力が中原で独立しうる契機を作ったのは間違いないし、
残された鮮卑などは敵だった匈奴や烏丸がいなくなったので自発的に南下し、中原をうかがうことさえ出来るようになった

民屯にしろ何にしろ、当時においては有効な打開策であったのは否定しないよ
ただ、のちの時代についてもかなりの影響を与えており、それはマイナス面での影響も少なくなかった

>他にも若い頃に地方政府の官僚8割近くクビにして汚職無くすとかね
あとこれ持ち出すのは違うでしょ
若い時分の一太守時代の話なんだから
丞相、魏公としては賄賂三昧でも能力があれば使うと標榜したわけだし、曹洪のような人物でもクビどころか要職に就けている
逆じゃないか

327 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 13:50:26
>>325
曹仁・徐晃を蹴散らした周瑜はともかく、蜀や呉が魏を破ったのは大抵山か水絡みばかりだからなぁ・・
呂蒙が言う長江を盾にひきこもろうぜってのは理にかなってるんだろうな

328 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 13:51:13
>>325
誰も互角なんて言ってないが
魏が物凄い危機で蜀が物凄い好機を得てただけだ

329 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 14:04:12
蜀がチャンス魏がピンチだったのは事実だから否定しないさ
ただその状況でも蜀が魏を倒すのはものすごく大変ですよってこと

330 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 14:15:58
>>329
そりゃ侵攻限界無視して中原に攻め込むとか言ってるからしょうがない
いくら好機でも荊北奪う程度でしばらく止まるでしょ

331 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 14:20:40
>>326
周の文王って殷(商)の重臣として殷に取って代われる勢力を持っていたが死ぬまで殷に臣従した人でしょ

曹操がそれになぞらえたのは単純にそういうことじゃないの?曹ヒと武王をなぞらえるのはかなり穿った見方じゃないかなあ。面白いけど


332 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 14:22:32
>>330
もたもたしてたら曹操攻めてくるんじゃ?

333 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 14:25:03
>>330
ていうかどーせ中原で戦うんだから同じじゃね?
荊北奪っただけで魏に勝てんの?

334 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 14:32:37
>>333
平面の勝負での不利はくつがえらない。
けど格段に攻めやすくなるから呉が牽制してくれればもしかしたら勝てるかもしれない

ただどっちにしろ不利だとおもわれ。兵力差とか>>325の言う魏のアドバンテージがなくなるわけじゃないから


335 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 15:24:28
>>332
南陽盆地にちょっと勢力あるだけの張繍を曹操が結局駆逐できなかった程に北からの攻めに強い地形だし
劉表を攻めるのに曹操は奇襲戦術を使用する程攻めあぐねていた
南陽盆地は南側以外をぐるりと山脈に囲まれて四方を山に囲まれ北面して敵を迎え撃つにはかなり有利な地形だし、
逆に曹操は南陽盆地からの敵の攻撃を防ぐ為に、司隷〜豫州の各地に兵力を常備しなければならなくなる
さらに南陽から許都までの間に大きな城と思しきところが曹操が202年辺りに本体を置いた葉くらいしかない
後漢王朝を支えた有力な豪族も南陽に数多く存在していたし裕福な土地だった

もたもたしてて曹操が来ても問題ないし、曹操に兵力が集中してる状況だと関中ががら空きで長安が危険になるよ

336 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 15:41:49
>>331
史記周本紀には、周の文王が生前から「受命の君」と呼ばれたり、生前から王を称するようになった、という話が記されている。
王と言っても皇帝がいない時代だから、文王は殷を打倒しなかっただけで、実質的にはすでに天子として扱われ、自らも振舞っていた。
こういう人物に自分をなぞらえたんだから、これは曹操が周=魏、殷=漢になぞらえて王朝交代を宣言したに等しいんだよ。

337 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 17:18:48
>>336
曹操も「実質的に天下を握ってるからいい」って言って皇帝にならなかったんだもんね

ふと思ったんだが曹操は別に皇帝の肩書きとかは気にしてなかったのかもしれないな
だから「周の文王」発言も案外ポロっといっただけで王朝交代宣言とか臣従宣言とか深い意味なかったんじゃなかろうか

338 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 17:22:43
しかしこれだけ手を尽くしてもなお南方政権は分が悪いのかよ

周喩とか諸葛亮のビジョンってのはすごい困難なんだなプラン

339 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 17:32:04
>>すごい困難なんだなプラン
じゃなくて
>>すごい困難なプランなんだな
だろw

そもそも中国の統一戦争で北伐成功ってほとんどないよな
長江はさんで抵抗は出来ても侵攻して河北まで攻め取りましょうなんてものすごいタイヘン
結局ジリ貧になる傾向が多い。移動や輸送の技術の発達してない三国時代ならなおさらじゃない?

340 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 17:34:06
>>326
長文はまた厨に馬鹿と言われるぞw

>匈奴、烏丸、テイなどを大々的にそれまでの居住地からかなり南下させたことは、
 それらの勢力が中原で独立しうる契機を作ったのは間違いないし、 残された鮮卑
 などは敵だった匈奴や烏丸がいなくなったので自発的に南下し、中原をうかがうこ
 とさえ出来るようになった

これは典型的な結果論だな。当時万難を排して烏丸を討ったのは、その害と戦略的
意義が大きすぎたからだし、根こそぎ移住しかないとの曹操の考えも間違っていない
だろ。中国は以後も同じ事をやり続けていったし。空白域に別勢力がどう勃興するか
は別の話。

>あとこれ持ち出すのは違うでしょ  若い時分の一太守時代の話なんだから

んー、なんで曹操が最後まで禅譲しなかったかわかってないのかな?
まして若造の頃、大した門閥でもない曹操がこれを断行した実行力にこそ注目すべき
なんだが。
>>321と同じ人かどうかしらんけど、>>324の方にシンパシーを感じる。


341 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 17:58:37
>>340
んー、何で曹操が最後まで禅譲しなかったのか判ってないのかな
それまでの皇帝即位ルールその1の全土統一が出来てないからに決まってるだろうに
例外として1地方だけが残ってる場合もokなんだけど

曹操の場合はルールを満たしたのが死ぬ直前の孫権が降伏して蜀が益州のみになり
名目上魏の領土は益州以外中華統一という形になった時だけなのになんで登極できようかね

342 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 18:11:33
>>340
いや、結果論じゃあない
トウガイのように魏の時代には既に強制移住政策自体が問題化していた
また「夷をもって夷を制する」は古来から中華の伝統で、当時に当てはめれば烏丸、匈奴、鮮卑を争わせ、一方(時には双方)に肩入れしつつ他方を抑えるというほうが常道
そもそも烏丸は劉虞や袁紹にはつき従っていたから、曹操が打撃を与え袁氏を滅ぼせば従わせる目もあったはず
一方、鮮卑は烏丸をはさんでずっと北にいた頃からすでに漢の脅威となっていた。
北辺防衛の一部に組み込むこともできた烏丸を自軍の内地における戦力増強のためにごっそり内地に移し、北辺は最大の難敵鮮卑に真正面からぶつかるようになったのが曹操の政策

>曹操が最後まで禅譲しなかったか
夏侯惇の進言なんかを踏まえれば、まだ蜀が残っていたからだろうね
あと曹操の行動力には異論はないけど、当時の曹操は大した門閥だよ
大宦官の孫、三公の子である上に皇后と縁続きなんだから

343 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 18:46:12
>>341
どっちにしろ漢の領土は1地方も残ってないからその理屈通らないよ
漢と魏が不可分だからちょっとややこしくなるけど…
>>342
金持ちだったけど大した門閥ていうのは勘違い
宦官はあくまで宦官で、そういう鼻つまみの身分にならないと出世できなかったくらい家が落ちぶれてたってことだから
あと北方異民族はあらかた曹操の代に服従してます。カヒノウがちょくちょく反抗してたけど曹彰にやられて曹ヒの代には完全に臣従した

344 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 18:49:17
>>343
は?
魏王国って漢の中の曹操にとって美味しいところだけだぞ
魏王国に含まれない漢土は少なからずある

345 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 18:56:33
>>343
>どっちにしろ漢の領土は1地方も残ってないからその理屈通らないよ
意味わからん
名目だけで言えば魏王国と呉と蜀以外は漢の領土
実質的な支配者で言えば、呉と蜀以外は曹操(魏)だから、少なくとも蜀は曹操にとって服しない地方

>大した門閥ていうのは勘違い
言い方の問題だな
曹氏は曹騰以降一族から尚書令など高官も輩出し、血縁者(宋氏)が皇后となっているなど、落ちぶれていたそれまでが嘘のように権勢を誇っていた
済南国での果断な統治もそんな権勢がバックにあったのは確かだろう

346 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 19:20:30
あ、>>343って魏王国の領土は漢の領土じゃないって思ってるのか
まさかそんな間違いする奴いるとは思ってなくて読み違えてたわ
漢帝国魏王国ってのは日本国埼玉県とかそういうレベルだよ
ちょっと自治権が強いけど

347 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 19:23:06
>>344
>>345
そうじゃなくて黄巾でほとんど各地が無政府状態になってるでしょ
実質的には漢の支配力のある地方はないじゃん
あと名目でいっても皇帝即位は放伐か禅譲だから全土統一せねばならない、なんてルールはないじゃん。曹操は皇帝になろうと思えばいつでもなれた。
>>345
権勢がバックにあったなら後々曹氏より豪族や名士連中がうまく立ち回れるようになったのはなぜ?曹氏にそんな名門としての権威があったなら他の貴族勢力があそこまで強くなることはなかったはず。司馬氏とかさ。
なんにせよ後漢でハバを利かせた名門ってわけじゃない。門閥とはいいがたいよ。

348 :343:2008/03/29(土) 19:27:26
>>346
…あのさあ、俺漢と魏が不可分だっていってるよね?
魏国が漢の中の国だって事くらい理解してるよ

>>まさかそんな間違いする奴いるとは思ってなくて読み違えてたわ
って皮肉言う前にきちんと読めや
そんな人の神経逆なでするようなことして楽しい?たかがネットでさ
くだらねーヤツ


349 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 19:28:14
曹操も寒門には相当気を使って苦しんだってのはよく歴史の本に
でてくるけどな。権勢といっても天下がそれに服する炎症ほどじゃ
なかったんじゃね?

350 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 19:31:46
>>349
そっちはそっちで妾の子だから一族のプリンス仲皇帝陛下に比べると大分苦渋を舐めた子供時代
逆に皇帝陛下の方は、妾の子が本家の養子に入ったもんだから、後々まで苦しむ事になる
誰もが苦しいんだよ

351 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 19:33:37
>>347
全土はなってないけどな
無政府状態になった地域もあるにはあったが国家運営上重要な土地は皇甫嵩とかの頑張りで守られてる
ちょっと後漢朝廷を過小評価してないか?

352 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 19:35:00
はて?荒らしが一人いるぞ
>>346
>>まさかそんな間違いする奴いるとは思ってなくて読み違えてたわ
>>343
>>漢と魏が不可分だからちょっとややこしくなるけど
と補足してる。これ見てそんな勘違いしてると本気で思っているのだろうか?
頭か目のどっちかがおかしいと思われry


すいませんこれ以上言うと僕が荒らしになるので自重します

まぁあからさまに人が頭にくるようなことは言わない方が良いんじゃない?
常識疑われるよ。リアルでやったらw

353 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 19:38:14
>>351
うん、一部でそういうこともあるから
>>ほとんど各地が
という表現を使いました

354 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 19:41:10
>>350
でもそいつらより曹操、劉備、孫堅のが逆境だしょ
少なくとも袁家の名前で人は集まる

355 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 20:11:11
>>353
なーにが「うん、一部でそういうこともあるから
>>ほとんど各地が
という表現を使いました」だ
ほとんど=ほぼ全てだから間違ってるって言ってるの
黄巾はただの農民反乱じゃなくて漢の主要な都市を狙った大規模な組織的放棄だった
だから抑える側もそういった組織的な部分を潰した
乗せられて一緒に放棄しちゃった農民達とかもいて、そういう連中や潰し切れなかった組織的な党員達も各地に残党として残っていた
だからほとんどが無政府状態ではない
国家運営上重要な地点とかはいの一番に黄巾賊を打ち払ってる

356 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 20:12:25
>>354
そんな簡単に集まるわけないだろ
袁紹なんて家族を人質に差し出してまで人集めをしてるのに…

357 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 20:13:19
>>355の放棄は蜂起ね

358 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 20:55:20
>>355
なんかヒートしてるとこ悪いんだけど聞きたい事がある

黄巾のときにはもう後漢の統治能力なんて機能しなくなくなってるんじゃないの?
その潰し切れなかったやつらが地方に飛び火して無政府地帯になってるんだから>>353の表現が実状に近いだろ。
張角が死んでいったん鎮圧されただけで余波は後々まで残ってるよ

そもそも皇帝陛下が拉致られたり夜逃げ同然で長安から脱出したりしてる状況なのに
なーにが「重要拠点は安全」だかw王朝もへったくれもないやん


359 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 20:59:10
>>356
有力な名士とか大方の人材は一度は袁紹、袁術のトコに行ってる気がするんですが
あのネームバリューが影響力薄だったとはとても思えないんですが

360 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 21:03:07
>>358
後漢の統治機構が生きているのだから皆、官庫を悪用して私兵を養っていたんじゃないか

それに皇帝が拉致とか、黄巾とかあまり関係ないね
それは清流派豪族同士の権力争いの結果じゃないか

361 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 21:10:22
>>360
この話題は無政府状態か否かということだから
>>流派豪族同士の権力争い
とかいっちゃうと政治機構が杜撰になってるといってるようなもんだから
結局>>358の意見を肯定してしまうものと思われw

362 :360:2008/03/29(土) 21:11:57
すまん、清流派の「清」の字抜けてたww

363 :362:2008/03/29(土) 21:13:50
重ね重ねすまん、俺は361だ360氏じゃない

364 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 21:17:14
>>359
勝者と勝者を苦しめた敗者の側の視点から書かれた史書を読むからそう思うだけ
長安近辺の名門、南陽の名門とかも当時には多数いたわけだし四世太尉の楊氏もいるけど群雄として全然目立ってない
もちろん家名のメリットはあったのかもしれないが、二袁は本人達もカリスマ性に溢れる人物だったことは明記されてるし
名門、名門って言うのはどうかと

>>361
豪族の争いがある=無政府状態とか馬鹿過ぎる

それに董卓の台頭は黄巾の乱からどんだけ間空いてると思ってるんだよ…
勘弁してくれ

365 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 21:40:59
>>豪族の争いがある=無政府状態とか馬鹿過ぎる
別にそこまで短絡的には思ってませんが…一要素としておまえがいったことをあげたまでよ。見てて変だと思ったんで

つうかお前がヘンに意地はって後漢末期の状態の漢がまともな政府だったとか主張しようとしてる方が
勘弁してくれ
だよw

366 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 21:43:35
黄巾の乱でもうトドメさされた感じだよな
どう考えてもまともに政治機構が生きているとはいえないと思う…


367 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 21:53:55
黄巾の乱以降地方で勝手なことばっかやってんのに漢帝国として成り立ってるんだろうか…

皇甫嵩とかが頑張ってたのは認めるけどその皇甫嵩が左遷させられるような状態だよ?
国家運営はまともに行われてないって。

368 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 21:55:11
>>366
トドメは董卓の長安遷都だろ
段階的な決定的な衰微の兆しは檀石槐の台頭からだし
黄巾の乱は衰微しつつある漢帝国の象徴ではあるけども、統治機構そのものはずっと生きてる

369 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 22:21:39
>>365
まともな政府である事と統治機構が生きてるという事は同一の事象ではない

後漢の統治機構が完全な機能不全を起こしたのは董卓による経済破壊辺りからで、
それまでは崩壊しつつあってもまだまだ統治機構は生きていた
後漢の群雄割拠が官位を持った豪族達が立ち上がった事から考えても
後漢の統治機構の生きていた部分を利用して自分達に取り込んだ事は明白じゃないか

370 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 22:22:53
横やりだが>>368のいってる統治機構ってのは何なの?
最初は統治能力の事をいってるんだと思ったが見てるうちに何がなんだかわかんなくなった

個人的にはそれまで汚職やら権力争いやらでボロボロだった漢が、黄巾の乱で力使い果たしちゃったイメージなんだけど
もうあの時点では各地で勝手なことやり始めてるから終わってる感があるんだが



371 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 22:33:40
>>370
勝手な行動が目立つようになるのは黄巾の乱の後じゃなくてそこから数年経った霊帝死後
霊帝は西園軍の整備に着手していたし、売官で叩かれるけども、
その売官によって傾いた国家財政を立て直しかけている

372 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 22:36:28
>>369
また横やりなんだけどそれ話すりかわってない?

>>後漢の統治機構の生きていた部分を利用して自分達に取り込んだ事は明白じゃないか
は例えば魏の政治機構が後漢をほとんど引き継いだものとかだよね?

端を発した>>347がいってるのは黄巾の時点で漢の政府は破綻してる、魏王国ができたときにはもう支配力がないってことでしょ。
それに対し>>351は中央で将軍が頑張ってるから地方が好き勝手やってるけど後漢は健在
みたいな言いかたしてるように見える

だからみんなそれは違うだろ、って言ってるんじゃないの?






373 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 22:38:53
>>371
金で官職が買えるようになったら国として終わってると考える方が自然だと思うのは

自分だけでしょうか

374 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 22:48:37
>>372
>>347の主張は「黄巾の乱で漢帝国はほとんど無政府状態」だろ
だから反論してる

漢帝国は黄巾の乱では力を落としたし、火種も燻っていたが
まだまだ無政府状態とは程遠い状況だった、と
それに統治機構が生きて漢の名前で徴税等が可能なのだから、無政府ではないだろう?

375 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 22:53:57
>>373
君だけかは知らないけどそれは現代の感覚だからだろ
昔は官職に付く為に上納したりする事だって不思議な事ではなかった
上納金に対して官位で報いることだっておかしな事ではない
軍資金を調達してくれた糜兄弟を厚遇した劉備は終わってるか?

霊帝はちょっと大々的にそれをやって(弊害がなかったとは言わない)当座の資金を用立てたに過ぎない

376 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 23:02:07
つーか禅譲するのに全土統一するのが条件とかワケわからんこと言い出した>>341がおかしいとか言っちゃってみる

条件は前王朝から天命を去って次の王朝に移ったという証明。
その手段が放伐と禅譲。そんなゲームみたいな明確な条件じゃない。災害とか自然現象とかそんなん。あと付けでどうとでもなる
で、それを押し通すのに必要なのは実力。中華最大の実力者だった曹操にはそれがある。後漢はもう形骸化してたから。

>>341が言うようになれなかった訳じゃない。なろうと思えばいつでもなれた。
自分の意思でならなかったんだよ。


377 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 23:05:45
結局三国志最高の名将は誰なんだよ!?

378 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 23:18:25
>>376
全土を統一するのは絶対条件じゃあないよ
ただ、統一かそれに近い状態でないと皆(臣下や各地の豪族や異民族)が納得しない恐れがあった
だから曹操は蜀を取る前に禅譲の最終段階に至ることを危険視した

「いつでもなれた」は間違いではないが、覇業をつまづかせないためには孫権と劉備を何とかするまでは軽々しく即位できる状況ではなかった

379 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 23:19:35
>>376
統一無しに皇帝になった例は光武帝のみで
その光武帝も支配してない中華圏は極々一部の地方だよ
荊州の南半分+3州とか物凄いでかい地域を敵に奪われたまま皇帝になってる例はかつてない
前例重視の儒教が曹操を縛ってたと考える方が自然だ

380 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 23:20:35
>>374
汚職が横行し、外戚、宦官、清流の三つ巴の権力争い、
地方は飛び火した戦火の影響でムチャクチャな状態、治安もへったくれもない状態、
太守だって正式に任命されたかすら怪しい、ほとんど地方ヤクザが束ねてるようなありさま
洛陽や首都圏でのみ税金取ったり一応体裁がとれてるけど、官僚が官僚だからそこだって怪しい
こんなありさまであなたは無政府ではない、まともだとおっしゃられるのですか!

>>375
それへリクツじゃねえか…?厚遇したのと三公まで金で買えるのは全然レベル違うだろw
>>当座の資金を用立てたに過ぎない
じゃすまされねえよw

381 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 23:23:59
「無政府状態」という単語に抱いているイメージに隔たりがありすぎるみたいだから話が全く噛み合いそうに無い

382 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 23:26:53
>>380
>汚職が横行し、外戚、宦官、清流の三つ巴の権力争い、
>地方は飛び火した戦火の影響でムチャクチャな状態、治安もへったくれもない状態、
>太守だって正式に任命されたかすら怪しい、ほとんど地方ヤクザが束ねてるようなありさま

その具体例は?
査察に来た督郵に面会を求めて追い払われた劉備の例のように常に汚職塗れというわけでもあるまい
汚職もあったが、汚職をしない人もいて清濁入り混じった状況だろ
後漢末期がそこまでカオスな状況になるのは黄巾の乱以後じゃなくて
霊帝死後跡目争い辺りからじゃないか

383 :376 :2008/03/29(土) 23:28:37
>>377>>378

なるほど曹操に皇帝になる意思があったならそういう理由でならなかったのは理解できる
だけどお前ら>>341みてみーよ
人の粗さがしみたいでいやだけどこれは納得できん


384 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 23:31:38
>>383
そんなに納得できないほどのことかねえ?
言葉足らず、または煽り気味の部分があるにせよ、どこがそこまで許せないのかよくわからんのだが

385 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 23:33:06
>>383
それまでの皇帝を名乗る法則を全く無視して>>340>>341の一行目とほぼ同じ言葉を書き込んでるのに
それにつながる自分の妄想ルールをおかしいって指摘されると納得できないって、どういうことだ?

386 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 23:45:09
>>384
「禅譲するのに全土統一するのが条件」
だよ。その方が円滑になるのはわかるけど絶対条件じゃないやん。あと偉そう
>>385
>>>>340>>341の一行目とほぼ同じ言葉を書き込んでるのに
>>それにつながる自分の妄想ルールをおかしいって指摘
はい?ほぼ同じ言葉って皮肉なんじゃないの?んなもん>>340>>341に聞けよ
で、妄想ルール?俺が言ったのは放伐と禅譲、あと易姓革命だろ。なんかヘンなこといったか?

387 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 23:48:26
>>386
アンカー付けられた>>340でもないのに怒ってるの?
中々正義感がお強いお人ですね

388 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 23:54:59
>>382
うーん確かに決定的なのは霊帝死後跡目争い辺りからかもしんないけど
黄巾の乱以後はもう救いないんじゃねえ?
反乱勢力が地方で暴れ始めてからはもう末期だろ。郷挙里選も機能してねえし
政治腐敗とか三つ巴の争いなんて黄巾前からあったしょ。党コの禁とか

389 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 23:56:12
>>385勘違いかよwww

もうグダグダ

390 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/29(土) 23:58:29
>>385

俺は373で初カキコ。>>340じゃない
あと別におこってないよ
ただ「そりゃなくね?」って思っただけ

391 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 00:04:57
>>388
政治腐敗なんて極端な話、それこそ光武帝以外の時代はほぼ起こってるよ
別にそれを以って後漢終わったなんて言わない
だって統治機構は弱っていくけど残っているんだもの
霊帝没後の混乱期に終わり始めて、長安遷都で終わったと考えてる

392 :陸坑:2008/03/30(日) 00:16:32
 私はこれ
さらに 羊祜 も

戦争は殺し合いだけが全てじゃない を実践させた人たちだから
豊かで平和な国を作る
ある程度局地的だが 俺はこの二人の時代のそこの場所に
住んでみたい 今の日本よりきっといい所だろう
くやしいぜ・・・


393 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 00:36:41
曹ヒも劉備もみんな皇帝になってるからなあ

単に豪族の反発が怖かったんじゃないか?
関羽北上の時も内乱起こったし。

394 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 00:45:59
>>393
曹ヒの場合は名目的には益州一州を残しての即位だから全く問題ない
劉備は物凄い前例無視で、こっちの即位は色々あったんだろうなと思うね

395 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 00:48:29
>>391
後漢政府が腐りだしたのは四代目以降だよ
二代目の明帝なんかかなり有能な人物で、統治に関してなら光武帝以上の人物

396 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 00:52:03
>>394
でも劉備には劉邦の子孫という名目があったし、簒奪で途絶えた漢の帝位を継ぐという理由があった
劉盆子や更始帝みたいなもので、これはこれで前例があったと言える

397 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 00:56:42
光武帝っていう大きな前例があるわな
光武帝は全国統一する前に即位してる

398 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 01:12:03
>>397
あっちは残りが3州も4州もある状況じゃないだろ
曹操は益、交、荊1/2、揚の3州半が支配下じゃないんだぞ

399 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 01:15:15
あと光武帝も劉氏だからね
空位となった漢の帝位に就く形だから、新たな王朝開くよりはずっとハードル低い

ろくに支配領域もないのに新たな王朝開いたらどうなるかは袁術が好例

400 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 01:18:50
いや光武帝が即位した時はまだ殆んどの地域が光武帝の支配下ではなかった。
全盛期の曹操よりも全然少ない領土しか持ってなかったにも関わらず皇帝に即位してる。

401 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 02:03:20
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2072231

402 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 08:19:15
始皇帝以後わずか200年でただのローカルキング称号に転落した
つうことだなw

403 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 12:02:10
そうなると曹操の
「皇帝はいいや、実際権力握ってんの俺だから問題ねぇよ」
って死に際の言葉が意外に真理をついてることになるな

404 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 12:13:12
>>402
劉氏内での皇位継承だからな、光武帝の場合
重視されたのは劉氏の中での血統と実力ということになる
他の王朝が認められていない以上、劉氏の王朝が正統で世界唯一の皇帝には違いないし、ほどなく統一しているんだから問題も起きない

ローカルキング称号に転落したのはまさに漢魏革命のこのときから
天命を受け、前王朝の皇帝から禅譲されて皇帝になったはずなのに、即位を認めず前王朝の皇帝を名乗った国をいつまでも討てず、さらに劉氏ですらない僭称者を最後まで討つことができなかった

>>403
そんな言葉あったっけ?

405 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 12:34:04
>>404
「なんで帝位に就かんのよ?」
って重臣に言われた時に
「実質的に天下を握ってれば、天子を名乗る必要はない。俺は周の文王になろう」

って言ったヤツ

406 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 12:38:44
>>405
三国志の注
魏氏春秋での夏侯惇との会話のことを言ってるなら、「実質的に天下を握ってれば、天子を名乗る必要はない」とは言っていないと思うんだが

407 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 12:55:32
まあスレタイから大分遠くに来てしまったのでスレタイの通りの人物を挙げようか
俺はケ艾だと思うよ

408 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 13:00:40
本気で検討すると、
夏侯惇が即位を薦めるのに対し、曹操は
「「有政に施すあり。これもまた政を為すなり」というだろ。俺に天命が下っているというなら、俺は周文王のようになろう」
と答えている。
論語為政篇の一節で、全体の意味は「孔子はなぜ政治を執らないのですか?と尋ねる者がいた。孔子は親孝行や兄弟仲良くすることも政治にプラスになる。これも政治を執っているのと同じである。どうしてわざわざ政治を執る必要があろうか」
というところ。
これを引き合いに出しているところを見ると、「為政」を「即位」に置き換えているということなんだろうな
つまり(実際には政治を執っていない)孔子=(実際には天子になっていない)曹操だ

言葉を補うと
「孔子だって「実際に政治を執らなくても政治を執っているのと同じだ」とか言ってただろ。
(俺も実際には天子にならなくても天子になったのと同じだ)俺に(天子になる)天命が下っているというなら、俺は(天命は下っているが殷から交替はしなかった)周文王のようになるよ」
となるだろうか

ただ、実際には孔子はその一方で政治を執る場を渇望し、その後政治を執る立場に立ったり、立とうとしている
周文王自身は殷打倒の兵を挙げなかったが子の武王が殷を滅ぼしている
いつまでもこのまま禅譲を受けないわけではない、という意味も込められているように感じる

409 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 13:01:28
>>406
あれ、言ってなかったっけ?周の文王だけだったか?



410 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 13:06:01
>>408
ふ〜んそういう解釈もあんのね

おれは単純に「実際権力握ってんの俺だから天子の肩書き必要ないやん」
みたいな事だと思ってたけど

411 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 13:11:18
>>410
「天子の肩書きは必要ない」だけだと、本人は良くても即位を願う臣下や、死後残される子に対してあまりに無責任だよ
実質天子にもなれる権力と権威があるのなら、それをどうするのか展望もなくほっといているというのは考えにくい

412 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 13:56:28
しかし曹操だとやたらスレ伸びるな…
前にあった軍事能力の比較スレも後半こんな感じで曹操一色で1000まで行ったっけな

413 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 14:07:46
>>412
まあ本命ではあるからな、このスレタイでいえば
実際には「最高の名将」は該当者なしでという気がしないでもないんだが

414 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 14:54:07
>>413
そんな深読みするほどのもんじゃないだろう
インターネットのスレッドなんだから

415 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 19:22:22
「三国志最高」が該当者なしって意味不明。

416 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 19:38:42
つまり大した奴はいないってことだ

417 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 21:46:13
>>416
それじゃ尚更意味不明だ。三国志の中で比べてんのに。

418 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 22:02:19
演義しか読んだ事ないけど孔明だな

419 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 22:37:35
以下孔明叩き↓

420 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 22:40:41
いや、諸葛亮は確かに名将

421 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 22:42:50
ヘルズマジシャン・孔明

そういえば、「弱虫泣き虫諸葛孔明」でマジシャンしてたなw

422 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/30(日) 23:43:41
皆、自分の中の「最高の名将」だと思う人物を譲らないんだろ。
それならこんなもん決まるわけがない。

423 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/31(月) 02:11:43
対抗の周瑜でいいんじゃない?
曹操は破格の人という評価の通り単純に将とかいう分類でははかれない気がする


424 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/31(月) 15:52:59
軍人の側面だけじゃねーからな
政治家とか文化とかその他もろもろ

425 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/31(月) 16:26:31
誰だって一緒じゃね?
周瑜だって音楽的才能に恵まれたり、孫呉の政権を支える重臣としての役割も担ってたりするが、
そんなのとは関係なしに名将は名将だろ。

曹操は劉備と並んで群雄割拠から鼎立まで一線で戦い抜いた貴重なサンプルではあるな。

426 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/31(月) 16:44:44
もう曹操がすごいのは分かったよ
曹操と比べたら話が進まないし、色々な人物の名前が出たほうが面白いんじゃね?
曹操以外で誰が三国志最高の名将か決めようぜ

427 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/31(月) 17:05:13
別に曹操が最高の名将って決まってるわけでもないし…
つーか三国の争いだと負けが込んでる程。

428 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/31(月) 18:08:33
何故曹操の攻勢限界が長江までだったのかが重要だと思うね。
桟道越えてく蜀はともかく。

429 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/31(月) 18:36:47
小さな川とか入り組んでて湿地とかも多いからじゃね?

430 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/31(月) 18:41:45
相手がしっかり纏まってたからだろ。

曹操が華北を制したのは袁紹死後のお家分裂を受けて尚数年がかりだったし、
孫策が長江をあっさり越えた頃は揚州の中だけでも諸勢力が割拠する混乱状態だった。

ようは負ける側に相応の理由があるから負けるんであって、
曹操は思いのほか結束して当たってきた相手に、自ら敗因を侵しまくったから負けたのが赤壁。
特に失策は無かったが、相手にもなかったので勝てなかったのが儒須。

曹操の長江越えはこんな感じ。

431 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/31(月) 18:48:00
たしかに赤壁は「なんで?」ってくらい強引だよね

432 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/31(月) 18:52:57
逆説的になるが、そんなに強引に行っても勝てそうなくらいの状況が揃ってたから手痛い失敗になっちゃった。

433 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/31(月) 18:54:25
名将の定義が曖昧すぎるんだよ。
豪傑は違うとか、それは猛将だとか、政治寄りすぎるだとか。

434 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/31(月) 18:58:42
「豪傑は違うとか、それは猛将だ」なんてイチャモンは今んとここのスレではないな。
指揮官として優秀なら誰でもウェルカムな感じだ。

435 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/31(月) 19:47:17
赤壁は負けそのものの損害より権威失墜の方が大きいよな。
劉備追っかけまわした時なり緒戦の水上戦で負けたときなり疫病にかかったときなり
どっかで一回止まるか引くかすれば結果も違ったかもしれないのに

曹操ほどのベテランにしてはらしくないよね

436 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/31(月) 23:04:13
やっぱり酒飲んで詩詠んで、これが人生の絶頂ってはじけちゃったんだろうね。

437 :無名武将@お腹せっぷく:2008/03/31(月) 23:32:17
苦労したんだろうなぁ

金持ちだけど

438 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/01(火) 00:07:51
>>435
カクとテイイクの進言どおりになっちまってるのが痛いよな
ちゃんと予期できた人間がそばにいたのに失敗しているんだから

439 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/01(火) 03:36:18
スレ違いだが、従軍の参謀なら賈クは三国志最高の候補筆頭だろうな。

440 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/01(火) 22:51:45
赤壁の強引さもそうだけど
漢中とった時点ですぐ蜀に攻めなかったのも「なんで?」だよな
あそこで攻めこみゃ十中八九決まってたのに、わからねえ

孫権ならわからんでもないけど曹操がだぞ
さすがにモ−ロクしたんかなあ

441 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/02(水) 05:52:11
>>440
いや、攻めたが撃退された。
知らないの?

442 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/02(水) 06:40:27
>>441

kwsk

443 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/02(水) 13:10:09
>>1
卜己(ボッキ)

444 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/02(水) 13:42:50
カナディアンマンはここか?

445 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/02(水) 16:27:59
チャンコロの時点で曹操以外全部駄目

446 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/02(水) 19:04:54
曹操が最も駄目。
今の中国もまさに曹魏政権そのもの。

447 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/03(木) 03:02:10
無責任で周囲に迷惑ばかりかける民度は蜀そのもの

448 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/03(木) 09:00:50
曹操か、カナディアンマンか…

449 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/03(木) 13:15:38
マジレスすると三国時代を終わらせた司馬炎じゃねーかな

450 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/03(木) 13:49:21
陳珪

451 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/03(木) 14:14:46
マジレスすると形道栄
曹操を討ち取って天下統一した

452 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/03(木) 15:38:32
張遼かもしれんね・・・

453 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/03(木) 18:50:06
正史の記述からするとカナディアンマンかなぁ…

454 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/03(木) 20:58:48
それはないわ>司馬炎

455 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/03(木) 21:15:23
>>441
あれ、司馬イに進言されたけど
「人は足らざるを苦しむ、ロウ(漢中)を得て、また蜀を望まんや」
つって攻めなかったんじゃなかったっけ?

これって漢中が手に入ったから蜀はもういい、って意味じゃないの?

456 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/03(木) 21:16:54
>>448
馬鹿いうな
超人のカナディアンマンと比べるなよ

同じ人間のジェロニモと曹操を比べろよ
ジェロニモ>>>曹操は揺るがないがな

457 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/03(木) 21:17:45
あ、最強わかった

曹操直接やっつけた徐栄だ

458 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/03(木) 22:31:54
司馬一族

459 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/03(木) 22:44:37
毛价かな

460 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/05(土) 21:40:41
三国志の最高の名将を決める=キン肉マンの最強を決める=解無し

ってことで。

461 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/06(日) 19:01:00
>>456
いや、そこにカニベースも入るな。
ジェロニモ>>>>>>>>>>>>>>>カニベース>>>>曹操

462 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/21(月) 16:41:13
俺なら呂布を使いこなせるぜ

463 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 19:41:46
>>440
無理。
脅威ですら魏の大軍を足止めできていたんだから、
劉備と名将、参謀がそろっている状態では抜けない。
道も悪いから、大軍が移動も難しいし、食料の輸送もままならん。


464 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/24(木) 21:48:58
姜維は結局止められてないし、名将・参謀あたりはあんまり関係ないな多分。

ようは入蜀直後の混乱と、滅亡直前の衰退、どっちが危機的な状況か?
ってところだろう。

465 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 14:54:28
でも確かに見逃して後々のグズり具合を考えたらあそこが絶好のチャンスだったよな
赤壁を味わってる曹操なら地理条件の悪い所への遠征が困難なのはわかりきってたはずだが
そこいくと蜀取ったばかりで浮き足立ってる所に攻め込むのは千載一遇のチャンスだったのに
遠征の懸念を押してでも行くべきところだったと思うが

466 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 14:55:26
>>465
赤壁のトラウマだな

467 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 15:12:23
やっぱりモーロクしたんだって

若い頃は袁紹とドンパチやろうって人間だったんだから

468 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 17:03:20
>>467
烏丸攻めとか、無謀とも思えることやってきたのにな

469 :無名武将@お腹せっぷく:2008/04/26(土) 17:30:00
バクチを打ってこその曹操だよね

470 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 17:28:31
もし曹操が完璧だったら、あっさり統一して三国志になんてならなかったよな
劉秀や趙匡胤みたいに、中国史での名君扱いというマイナーな存在に終わってた

471 :無名武将@お腹せっぷく:2008/05/02(金) 18:20:47
>>470
曹操が完璧だと逆に勝てないけどな
完璧故に敗勢を読みきって博打打たずに誰かに降伏するよ
カクのようにね

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